(44)ペレのすごさ
◆旅行前の猛練習
「ペレは本当にすごい選手だった。非凡な素質の上に、たゆまぬ猛烈なトレーニングが、彼を支えていた」
世界選抜の監督をつとめたクラマーさん。胸にFIFA1968のマークがある。
(クラマーさん提供) |
1968年11月、世界選抜チームの監督をつとめたクラマーさんの思い出話は続く。ブラジルが3度目のワールドカップ優勝を飾る70年メキシコ大会の2年前だから、ペレはほぼ全盛期だった。
「ブラジル選抜との試合の数日前、ペレを訪ねてサントスへ行った。ドイツARD放送局のアナウンサーのルディ・ミッヒェルと一緒だった。ルディは58、62、66、74、82年ワールドカップ決勝を担当した有名アナだった」
「ペレは翌日、試合地リオに向かうはずだから、てっきり自宅で休んでいると思った。ところが、当時の奥さんが、『まだ練習をやっているはず』というので、教えられたグラウンドへ行った。するとチームの練習が終わったのに、ペレがまだ練習していた」
◆一人でシュート練習
「靴下も履かず、素足にテニス・シューズを履いただけでシュート練習をやっていた。彼の周辺の5カ所に5人の若手選手を立たせ、それぞれ5個づつボールを持たせて、ペレはグラウンド中央に立っていた」
「若者に高いボール、低いボール、ワンバウンドのボールなどいろんなパス出させて、ペレは飛び上がったり横に走ったり、胸や頭のいろんなところで止めたり、また直接ボレーを蹴ったり、ヘディングしたりと、次々にキーパーのいるゴールめがけてシュートしていた。一本もゴールをはずさなかった」
「しかも、5人で5個の合計25個のボールを次々に蹴ったら、休む間もなくまた繰り返す。これを約1時間、遠征の前なのに疲れることなく寸暇を惜しんでトレーニングをやっていた。そのすごさに舌を巻いた。あのペレにして、この練習。さすがペレ」
◆「シュルツを当てるよ」
サントスからリオへ行く飛行機の中で、クラマーさんは、ペレと隣り合わせに座った。こんなやりとりがあった。
クラマー「どんなプレーをやるつもりなのか」
ペレ「そっちこそ、教えてよ」
クラマー「シュルツをキミに当てるよ」
ペレ「親善試合でしょ、あんな荒っぽいヤツ、よしてください」
クラマー「いや、10万人近くの観客がくるんだろ、下手な試合はできないよ」
ペレ「ワールドカップの決勝のようなことをしないでくださいよ」
前々から、ペレに当たることを楽しみにしていたスイーパーのウィリー・シュルツは、ペレの印象をクラマーさんに、こう打ち明けていた。
「ペレは試合中眠っているように見えることがある。そういう時がいちばんこわい。突如として猛然と動き出すからだ。ペレのスピードでなく、スピードの変化を、いちばん警戒しなくてはならない」
この試合、結局ペレは得点なしだった。
◆ザガロ監督の自慢話
「サッカーではいろんな友人ができる。ペレは、ベッケンバウアーとも親しくなり、後にニューヨーク・コスモスで一緒にプレーした。それが縁で、ペレの二番目の奥さんとの結婚はバイエルンの教会でやった。ペレは今でも、とてもいい友人だ」
ここで、クラマーさんの話は、70年ワールドカップ・メキシコ大会に飛んだ。
「あの大会では、私はFIFAコーチとして報告書を書く役目をもらっていた。そのためグループ・リーグをトップで通った8人の監督をパリに集めて話を聞く機会を持った」
「優勝したブラジルのマリオ・ザガロ監督の話が非常に興味深かった。大会にそなえて、12週間(3カ月)の直前合宿をしたそうだ。フィットネス強化のため軍隊の施設を使わせてもらった(宇宙飛行士と同じ訓練をしたとも伝えられている)」
「また南米各地をぐるぐるまわってアウエイ試合を十分経験し、また3000メートルの高地で高地用の訓練し、体を鍛え、これ以上ないほど完璧な準備をした、と言っていた」
「ザガロ監督はこんな話もした。戦術の話をするため、黒板に相手の選手名を書いても、ブラジル選手は理解できなかった。それで、仕方なく黒板を横に寝かせてテーブルにして、その上で人形を使って動きを説明した。名前をつけても理解できないので、人形にヒゲをつけたりした。面白おかしく、わいわいがやがや騒ぎながら、戦術の話をしたのが、チームの融和におおいに役に立った」
「人形を使って研究したことの一つに、こういうのがあった。ジャイルジーニョが突如左方向へ走ったら、彼をマークするイタリアのアルベルト・ファッケティもつられて一緒に同じ方向へ走るだろう。すると右に大きなオープン・スペースができる。そこへカルロス・アルベルトが走り込んでシュートするというものだった。これがバシッと決まったのが、かの有名な4点目であると、ザガロは自慢気に話した」
「ただし、私(クラマー)は70年のブラジルには大きな弱点があったと思う。それはキーパーが弱かったことだ。彼の名前フェリックスは、幸福な人という意味だが、参加した16チームの中でおそらくいちばん下手だったと思う。蚊やハエを取るようなぎこちない格好で、いつ前に出るか、またいつ帰るかのタイミングがメチャメチャだった。一番強いチームが一番下手なキーパーを持っていたわけだ」
「ペレの特別な天分の一つは、行動の最中に、考えをとっさに変えて他の行動に移ることができることだった。例えば、ヘディングするつもりで高く飛び上がっても、相手がそれを妨害しようとするのが判ると、空中ですぐに考えを修正し、違う行動に出ることができた。普通の人間が、これをやるとミスにつながる。これはベッケンバウアーでもなかなかできない。また、自分の足にボールを当てて、ボレーで相手の頭上を越し、相手の後ろに走り込んで、自分でボールを拾うこともできた」
◆ヘディングを80回
70年ワールドカップでは、よく知られているようにペレが大活躍した。決勝でのブラジルの最初の得点は、まるでお手本のようなきれいなペレのヘディング・シュートだった。
「ペレはワールドカップ前にペプシの協力で、サッカー・スクールをやって、そのトレーニング風景をフィルムに収めていた。脚本はイギリス人の記者が書いたものだが、その中ですごいと思ったのは、一周400メートルのトラックに50メートルおきにペンデルを8つ置き、上半身裸ですばらしい筋肉のペレが、次々にヘディングしながらグラウンドを、なんと10周したことだ。つまり80回続けてヘディングをしたわけだ。あのすばらしいヘディングの得点はペレのこのようなトレーニングの成果だった。すごいスタミナにも驚いた」
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クラマーさんとの会話(44) 「行動しろ」
中条 最初、日本に来られたころ、クラマーさんは練習で、よく「Do it」とおっしゃっていましたね。
クラマー 口先だけでなく、行動しろ、サッカーをやれ、というつもりで言った。例えばだが、愛すると言うだけでなく行動で示せ、ということだ。そういったら選手たちがみんな笑ったよ。
中条 理屈だけ言っていては駄目ということですね。
クラマー これはエーリッヒ・ケストナー(ドイツの有名作家)の言葉で、ドイツの政党でも「語るだけでなく行動しろ」とよく言われる。それを引用した。机上の空論は困るということだ。
中条 いい励ましの言葉ですね。
クラマー そうだ。サッカーはゴールをとるスポーツだ。ゴールがすべてだ。技術論をいくら論争してもゴールという結果がなければ エネルギーの無駄使いだ。ゴールを決めるという行動で示せ、ペレのように、ということだ。
中条 なかなかゴールが決まらないので、思わず「Do
it」とおっしゃったお気持ちはよくわかります。
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