第7部 ワールドカップ、世紀末から新世紀へ(1998〜2010年)
6.第17回ワールドカップ・韓国/日本大会 (2002) A
― 史上初、アジアでの共同開催 ―
◆ 地域予選
◇ 組み合わせ抽選会
第17回大会地域予選の組み合わせ抽選会は、1999年12月7日「東京国際フォーラム」で行われました。(南米地域予選は、全10チームによるリーグ戦に決定ずみ)
抽選会当時のFIFA加盟国・地域数は203に達していましたが、今大会へのエントリー数は198、前大会優勝のフランスと、開催国、日本と韓国が予選を免除されました。エントリー後にミャンマーが棄権、ガイアナがFIFA裁定により途中出場停止となり、193の国・地域が予選を行いました。
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地域別予選組み合わせ抽選会
記念カバー
(1999年12月7日付
東京中央郵便局風景印・
自作カバー) |
◇ 本大会進出国
ヨーロッパ (15) |
イタリア(15)、ドイツ(15)、
フランス(前大会優勝国)(11)、
イングランド(11)、スペイン(11)、
ベルギー(11)、スウェーデン(10)、
ロシア(9・ソ連含む)、ポーランド(6)、
デンマーク(3)、ポルトガル(3)、
アイルランド(3)、トルコ(2)、
クロアチア(2)、スロベニア(初) |
南米 (5) |
ブラジル(17)、アルゼンチン(13)、
ウルグアイ(10)、パラグアイ(6)、
エクアドル(初) |
北中米・カリブ海 (3) |
メキシコ(12)、USA(7)、コスタリカ(2) |
アフリカ (5) |
カメルーン(5)、ナイジェリア(3)、
チュニジア(3)、南アフリカ(2)、
セネガル(初) |
アジア (4) |
韓国(6)、サウジアラビア(4)、日本(2)、
中国(初) |
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初出場記念ハガキ
(2001年発行・ スロベニア)
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初出場記念初日カバー
(2002年4月30日発行・
エクアドル) |
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初出場記念初日カバー
(2002年6月20日発行・
チュニジア) |
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初出場記念切手(連刷2種)
(2002年5月16日発行・中国) |
◆ 暴騰した放送権料と難航した契約交渉
FIFAと「世界放送コンソーシアム」(以降コンソーシアム)との放送権契約は、1990
年から1998年までのワールドカップ3大会合計で、3億4000万スイスフランでした。この額は他のスポーツイベント、特にオリンピックに比して安いものでした。
しかし、2002年、2006年の2大会の契約交渉は、折から有料の衛星放送の普及も反映し、コンソーシアムの堤示額2大会20億スイスフランでもまとまらず、オープンな入札によるものとなりました。
コンソーシアムを含む、7グループが入札に参加、その後4グループに絞られ、1996年6月に、ISMMグループ*(スイス)とキルヒ・グループ(ドイツ)の合同グループに放送権利が与えられました。
その金額は、2002年大会13億スイスフラン(当時約1000億円)、2006年大会15億スイスフラン(約1154億円)、合計28億スイスフラン(約2154億円)でした。
1998年フランス大会の1億3千5百万スイスフランに対し、2002年大会は13億と約10倍にも達しました。
注)*実際の業務はISMM傘下のISL社により行われる。
◇ 放送権交渉でBBC会長がFIFA批判
2001年3月27日、英国のBBC(イギリス放送協会)会長グレッグ・ダイク会長は2002年大会の放送権交渉に関し、<ヨーロッパの放送権>*を持つキルヒとの交渉で、1998年大会に比べ「はるかに大きな額を提示した」にもかかわらず、キルヒはこれを拒否したとした上で、「真の悪者はFIFAだ」と批判しました。
注)*当時<ヨーロッパ以外>の放送権はISL社が保有。
◆ ISLの破綻とFIFAの対応
◇ ISL破産確定 ― 2001年5月17日
BBC会長がFIFAを批判した僅か3日後の2001年3月30日、FIFAは「ISL社*が事実上の経営破綻に陥っている」ことを声明文書で明らかにすると同時に「2002年大会が影響を受けることはない」としています。
4月23日、ISL社を傘下に持つISMMグループは、再建策を所轄のツーク裁判所(スイス)に提出しました。しかし、同案の柱となっていたフランスの有料テレビ「カナルプリュス」がISMM買収交渉から手を引いたことから、ツーク裁判所は5月17日破産手続きの開始を命じ、ISMMグループの倒産が確定しました。(裁判所の正式な破産宣告は5月21日)
注)*ISL社については、第5部14、第5部のまとめ(2)、「2.FIFAの財政基盤づくり」を参照下さい。
◇FIFAの対応―ISL破産確定以前
ISLの破綻について、4月11日に「大会に向けた日常業務に支障が出ないよう、対策は講じてある。破産が確定すれば、その内容を明らかにする」との声明文を発表しました。次いで4月18日に『(ISL破産の)予防措置として、独立した株式会社「FIFAマーケティング」設立をFIFA緊急委員会で決めた。FIFAマーケティングは、ISL社が破産した場合、ISL社が持っている権利を直接行使する』と発表。
4月23、24に東京を訪れたFIFAブラッター会長は、関係団体や企業に「ISL破産確定の場合」、@マーケティング業務は「FIFA設立の新会社(FIFAマーケティング社)が引き継ぐ。AISL社が持つ、2002年・2006年の放送権(ヨーロッパ以外へのスポンサー料の支払いなど関係者への権利は保証する」と明言。
◇ FIFAの対応―ISL破産確定後
ISL社の破産確定までの間に停滞していた2002年大会諸業務は、6月1日の、「FIFAマーケティング社」業務開始により、やっと軌道に乗りはじめましたが、当然ながら余波も少なくありませんでした。煩雑ですが、時系列的に掲げておきます。
1) 5月18日、世界クラブ選手権の2003年への延期:
スペインで7〜8月開催予定でしたが、マーケティング業務を代行するISL社の破産により、協賛社集めに支障をきたしたことなどがその理由でした。
2) 5月24日、ヨーロッパサッカー連盟(UEFA)のヨハンソン会長がISL社の破産問題について、FIFAブラッター会長に説明を求める意向を表明。「要求に応えなければ、辞任するか不信任投票にかけられるべきだ」としました。
3) 5月25日 ブラッター会長は、同日開催されたFIFA財務委員会後の会見で、
@ ISL社破産問題の責任を取って辞任する考えはない。
A ヨハンソン会長が要求したFIFA緊急理事会の開催も、6月12日に通常理事会を開くと拒否。
B ISL社にブラジルから支払われたはずの、放送権料7千5百万スイスフラン(約5@億円)が行方が分からず、来週にも法的手段を取る方針。
C FIFAが被るISL社倒産の損害は、「1億スイスフラン(約68億5千万円)には、達しないだろう」
D 一部報道が伝えた、ISLからブラッター会長へのわいろ疑惑については全面否定した。
4) 5月30日 ISL破産に関し、ブラッター会長自身が経過や事実関係を説明する書簡を関係者(FIFA理事会メンバーと全加盟協会)に送付したと発表。
その中で
@ 「予期しない困難な状況だが、これはFIFAが、独立してすべての権利を管理できる機会を得たということ」とし、
A 「我々は強い結束を示さなくてはいけない」
と訴えている。
5) 5月11日 EUROヨハンソン会長、25項目の質問状を送付。
「FIFAの商業活動などに関し、現状を非常に心配している。私(FIFA副会長)や他の理事会メンバーは、多くの戦略上重要な事柄について十分に知らされていなかった」「このようなやり方が続くことは許されず、FIFA理事会で処理されるべきだ」としている。具体的には、「JSLの財政問題にFIFAが最初に気づいたのは、いつか」などを質問している。注:ヨハンソン会長は入院中のため、13日FIFA理事会を欠席)
6) 5月21日 ブラッター会長とUEFAヨハンソン会長の会談実施。
「重要な決定については今後、FIFA理事会で協議し、決定に透明性を持たせる」ことで合意した。
7) 7月7日、ブラッター会長はブエノスアイレスでのFIFA臨時総会後の会見で、「ヨハンソン会長から送られた質問状に関し、すでに全項目について回答。内容についての理解は得られている」との認識を示しました。
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