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サッカーマガジン 1990年12月号

連載2 日本プロ・サッカーリーグのビジョンと問題点
プロ・リーグ準備の5つのポイント     (1/2)

 2年後のスター卜をめざしている日本プロ・サッカー・リーグは、さまざまな問題点を抱えている。日本サッカー協会のプロ・リーグ準備検討本部が、いくつかの小委員会を設けて、問題点ごとの検討を始めているが、企業と学校が中心の日本のスポーツの特殊事情がある一方、国際的なスポーツとして世界との関係を無視できない難しさもある。よりよいプロ・リーグを発足させるために新しいリーグ作りの5つのポイントにスポットを当ててみよう。

ポイント@
チーム数はいくつが適当か?

 新しいプロ・リーグは「8チーム」でスタートさせる予定になっている。 
 前号のサッカー・マガジンのインタビューで、川淵三郎・準備委員長は「いい選手を、できるだけ少ないチームに集めて競わせることによって日本のサッカーのレベルアップに役立つ」と説明している。 
 しかし、この考え方には、かなり問題がある。 
 少ないチームに、いい素材を集めると、かえって選手が伸びないことも多い。第一に、若い素材が厳しい試合の経験を積む機会が少なくなる。他のチームだったらレギュラーで出場できる素材が、既成の名選手の陰に隠れて、ベンチにいることになるからである。 
 第二に、いい選手が、いっぺんにつぶされる可能性も高くなる。いいチームにするには、いい指導者がいることが条件で、指導者が悪いと、全部の選手がつぶされかねない。しかも、どんな指導者がいい監督かは、競争したあとの結果によって分かるものである。 
 第三に、すぐれた個性の選手は、むしろ弱いチームから育ってくることが多い。マラドーナは、ブエノスアイレスのアルヘンチノス・ジュニアーズという小さいクラブから生まれた。比較的弱いチームの王様として、自信をふくらませながらプレーすることによってスーパースターは育っている。 
 このように、いい選手を少数のチームに集中する弊害もあることを知る必要がある。 
 したがって、新しい日本プロ・サッカー・リーグのチーム数を「少数集中主義」で決めるのは問題がある。 
 本来は、強いチームが、それもタイプの違うチームが、できるだけたくさんあって、競い合った方がいい。 
 だから、チーム数は、次のような条件の範囲で、できるだけ多い方がいい。
 @シーズンの長さと試合方式によって、その間に出来る試合数に見合った数。
 Aプロにふさわしい試合が出来るようなレベルの選手の供給量に見合った数。 
 B各チームがプロとして経営できる経済的な条件を充たせる範囲の数。 
 現在のホーム・アンド・アウェー方式で、試合をするのであれば、16チームぐらいまでは可能だろう。選手の供給量については、現在の日本リーグ1部より低いレベルのチームを入れるわけにはいかないから、当面は12チーム以下になる。経済的な条件は、1つの都市にチームが集中しないかぎり、経営できないようではプロ・リーグそのものが成り立たない。 
 したがって、当面8チーム・プラス・アルファ。将来は16チームまで増やすことを目標としているのは、まず妥当なようである。

ポイントA
本拠地を地方に分散できるか 

 名古屋に本社がある新聞に「トヨタがプロ・サッカー参加へ」という記事が、特種扱いで大きく出た。トヨタ自動車が、系列の企業と協力してスポーツのための新会社を設立し、名古屋を本拠地にプロ・サッカー・リーグに参加する、というのである。 
 栃木県の地元紙には、県のサッカー協会が宇都宮市にプロチームを誘致することを決めて、地元に縁のあるフジタとホンダが候補になっている、という記事が出ていた。 
 このほか埼玉が、かねてからプロ・サッカー誘致に乗り出していて、三菱とホンダが候補になっている。千葉には古河が出る、というようなニュースが流れている。 
 本拠地を地方に分散して、地域に根ざしたチームのリーグに――というのが、プロ・サッカー・リーグのもっとも重要な狙いで、これが成功すれば、日本のスポーツ界にとって画期的なことになる。地方新聞の記事をみると、この狙いは、地方でかなりの反響を呼んでいるようにみえる。 
 しかし現実は、それほど簡単ではない。 
 いま日本リーグの有力チームは、首都圏に集中している。それを「使える競技場を各チームが自力で探せ」という形で、地方に持って行かせようとしているのが実態で、それが地方新聞の記事に反映しているにすぎない。 
 米国のプロ・スポーツのフランチャイズ制は、地域でプロチームを営業する権利をリーグが設定する。日本のプロ野球もそれを真似ている。たとえば広島県を本拠地にプロ野球に加盟する権利、つまり広島地域での営業権をカープに与えるわけである。広島の地域権は1球団にしか認めないが、東京のような大都市では、巨人、ヤクルト、日本ハムの3球団に、認めている。日本のプロ野球のフランチャイズは、都道府県が単位である。 
 日本のプロ・サッカーが、米国式のフランチャイズの考え方をとるなら、本来はまず、リーグが地域権を先に設定すべきところだろう。たとえば、東京に2チーム、愛知県に1チーム、大阪に2チームというように営業権を認め、それ以上は認めないことにするわけである。地域権を設定した上で、その権利をどのチームに与えるかが問題になる。 
 しかし、現実には。日本には欧州のような地域のクラブはなくて企業のチームであり、米国のようなフランチャイズ権の設定はなくて、本拠地探しが始まっている。 
 現実的な解決策としては、とりあえず、各チームの本拠地探しを進行させてリーグを発足させ、その後で、フランチャイズ権を整備するという形にするほかに方法はないかもしれない。 
 それにしても、プロ・スポーツの地域権について、米国やプロ野球の例をしっかり研究しておく必要があるだろう。

ポイントB
強いリーグを作れるか

 プロ・リーグは、弱いチームの集まりであっては困る。少なくとも、リーグ以外のどの日本のチームよりも強いチームの集まりでなければならない。 
 「将来強くなる条件を備えたチーム」というのでは、十分でない。発足の時点で、すでに強くなければ信用してもらえない。 
 プロ・リーグ推進の原動力である川淵三郎委員長は「いまの日本リーグのチームよりさらに強化されたものでなければ」と、強いチームのプロになることを強調している。 
 しかし、本当にそうできるのか。関係者の話ぶりに不安な点が、ないわけではない。 
 現在、手を挙げている20チームの中には、日本リーグの2部のチームもあるし、もっと下のチームもある。その中からプロ化への条件(7項目)を満たしたチームを8プラス・アルファ、選ぶことになる。そのとき、選ばれたチームの方が、落とされたチームより弱いということは、起きないのだろうか。
 本拠地の地方分散をはかるために、あるチームに、札幌、仙台あるいは九州などへ本拠地を移すよう勧告するという考え方もあるようだ。
 「移ってもらえなければ、はずして、移ることのできるチームを加えるしかない」という意見もきいた。そうであれば強いチームが落とされる可能性も出てくる。  
 現在、広島に本拠のあるチームは、日本リーグの2部である。しかし、広島には他にチームがないからという理由で、認めることになるのだろうか。そうであれば、弱いチームの加盟を認めることになる。  
 あるいは、他の強いチームを、広島に移すのだろうか。そうであれば 現在、広島にあって加盟を希望しているチームの地域権を侵すことになる。これまで地域権の規則が明確でなかったからといって、地域権の考え方を否定するようなことをすれば、リーグの基礎が危うい。地域権は、現代のプロ・スポーツの重要な基礎だからである。 
 「マラドーナを呼んで強くしようとしているところもある。マラドーナが来ることになれば、無視するわけにはいかない」という意見もあった。しかしかりにマラドーナを加えることができたにしても、プロ・リーグに加盟させるには、チーム全体が強くなるまで、待ってもらわなければならない。 
 そういうわけで、加盟チームを絞る段階ですでにいろいろな問題が出てきそうである。
 「加盟チームを選ぶための選考リーグをやろう」という声も出ている。 
 プロ化へ手を挙げなかった日本リーグ1部のチーム(東芝とNKKだといわれている)よりも順位、あるいは実力が下のチームは、入れない覚悟でなければ「プロ・リーグ」の名はつけられない。それでチーム数が揃わなければ、新リーグ結成は無理である。


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