6月27日から7月12日まで、アルゼンチンのブエノスアイレス市など3都市で行われた第26回南米選手権「コパ・アメリカ」は、ディフェンディング・チャンピオン、ウルグアイの2回連続9度目の優勝で幕を閉じた。この大会を取材した牛木素吉郎記者に、その模様と、チーム、選手などの話題も織り込んで、総評という形でレポートしていただいた。
4年に1度のサッカーの南米選手権コパ・アメリカを見に行く決心をして、さて「何が見どころだろうか」と考えた。
第一に頭に浮かぶのは、マラドーナだ。
今回のコパ・アメリカは、これまでのようなホームアンドアウェーの積み重ねではなく、ワールドカップに似た中央開催集中方式で行われる。
しかも、開催国は1年前のメキシコ・ワールドカップで優勝したアルゼンチンだ。
アルゼンチンの大衆は、1年前のメキシコでのマラドーナの活躍と栄光の地元での再現を期待しているに違いない。
はるばる日本から見に行くぼくとしても、また、マラドーナの活躍を見たいと思った。
第二に「南米同士のサッカー」が、どんなものかを「ハダで感じたい」と考えた。
日本では、ヨーロッパのサッカーはよく知られているけれども、南米のサッカーについては、ワールドカップの舞台に登場したときのブラジルやアルゼンチン以外には、あまり知られていない。南米の国同士の試合は、テレビでも、めったに、お目にかかれない。
だが、南米選手権のコパ・アメリカでは、南米同士の試合の独持のスタイルやムードを味わうことが、できるはずである。
地球の上には、いろいろなサッカーがある。それを知らないで一つのスタイルのサッカーだけにこり固まると視野が狭くなる。だからコパ・アメリカを見て視野を広げ、サッカーの楽しみを、さらに豊かにしたいと思った。
さらに、コパ・アメリカの第三の見どころは「新しいブラジル」ではないだろうか、と考えた。
ワールドカップに3度優勝したブラジルも、ここのところ、ずっとタイトルに恵まれていない。
1982年のスペイン、1986年のメキシコで高く評価されたジーコ、ソクラテスらの黄金の中盤の時代は、すでに終わった。
3年後にイタリアで開かれるワールドカップをめざして、また、さらに1994年に自分の国が開催国に立候補しているワールドカップをめざして、ブラジルは新しい代表チーム作りを始めなければならないはずである。
その新しいブラジルの第一歩を、今回のコパ・アメリカで見ることができれば面白い。
以上のような三つの見どころを頭に描きながら、6月23日の夕刻にヴァリグ・ブラジル航空機で成田空港を出発した。ロサンゼルス−リオデジャネイロ経由で、地球の反対側まで、直行すれば29時間である。
ブラジルはなぜ負けたか
個人のテクニックは抜群、だが…
ブエノスアイレスへ直行すれば、現地時間の24日の午後には着くので、6月27日のコパ・アメリカ開幕には十分に余裕があったのだが、サンパウロとリオデジャネイロで別の仕事があってブラジルに1週間滞在したため、アルゼンチンにはいるのは7月1日になった。
その間にコパ・アメリカの予選リーグが4試合あり、これはブラジルのホテルのテレビで見ることになった。
開幕試合で地元のアルゼンチンはペルーと1対1の引き分け、続く6月28日のコルドバでの試合で、ブラジルはベネズエラに5対0で圧勝した。
この2試合をテレビで見た限りでは、アルゼンチンの前途はおぼつかなく、ブラジルは断然の優勝候補である。
ブラジルにとっては、ベネズエラは弱い相手だから、5対0の点差は戦力判断の基準にはならない。テレビのアナウンサーも、2点目までは「ゴオオオールー」を絶叫していたが、後半は「ゴール」「ゴル」としだいに声が小さくなった。リオの町では、爆竹は鳴らしていたが、別にお祭り騒ぎではなかった。誇り高い、このサッカー大国では、1勝したくらいで大喜びはできないわけである。
しかし、テレビの画面で見ていて、相手の守りが弱いにせよ、ブラジルの攻めは、すばらしかった。
とくにメキシコのワールドカップで活躍したカレッカがいい。この試合では完全にチームの中心である。中盤に下がってボールを受け、パスをさばいて前に出る。華麗で鋭いだけではなく、貫ろくがついてきた。
ブラジルの攻めで、もっとも目についたパターンは、1人が中盤からドリブルで攻め上がり、相手の守りが引き寄せられたところで左か右にボールを出すやり方である。そこへ後方から攻め上がってきていて、フリーで攻め込む。こういう形を何度も狙っていた。
ボールを完全にコントロールしているすばやいドリブル、そのドリブルしている選手のひらめきに呼応する後方からの攻め上がり――いかにもブラジルらしい攻めである。
ブラジルが決勝戦まで勝ち進むのは、間違いないように思われた。
ところがである。
このブラジルが、第2戦ではチリに4対0の屈辱的な大敗を喫し、予選リーグで姿を消してしまった。
7月3日にコルドバで行われた、この試合を、2人のお客さんといっしょに見に行った。1人は長崎県国見高校サッカー部監督の小嶺忠敏先生。もう1人はブラジルのプロで頑張っている三浦知良君である。この2人にサンパウロでたまたま出会ったので「コパ・アメリカを見に行きませんか」と誘ったら、本当にアルゼンチンまでやって来たのだった。はるばる長崎県から研究に来た小嶺先生の熱心さには頭が下がった。
ブエノスアイレスからコルドバまでは約700キロ。国内線の飛行機で約1時間、航空運賃が往復で1万6000円くらいである。
予選リーグB組のブラジル対チリの試合は、夜の9時半キックオフだった。この国の人たちは夜が遅く、午後の仕事が、夜の8時ごろに終わる。それに、翌日は土曜日とあって、サッカーの試合が、日本式に考えれば深夜になるのを、いとわないらしい。
ブラジルは最初からボールを支配して優勢だったが、チリのゴールキーパーのロハスが前半に二つのすばらしい守りをした。結果的に、このロハスのファインプレーが、チリの勝因になったと思う。 まず前半8分にミューレルのフリーでのシュートを横っ飛びに、こぶしでたたき出した。続いて23分にも、ミューレルのシュートをパンチングでたたき出した。
このあとチリが41分に中盤のフリーキックからバサイのヘディングで先取点、後半始まってすぐの3分にブラジルの守りが濡れた芝生にスリップしたのにつけ込み、レテリエルが2点目。この2点目が大きかった。
それでも、中盤のボールの支配ぶりからみて、ブラジルが2点の差をひっくり返すことはできそうな感じだった。
だが、ブラジルには運もなかった。16分にはカレッカのヘディングが、18分にはライのシュートがバーをたたいた。
これでブラジルは元気をなくした。21分にコーナーキックからバサイのダイビングヘッドで3点日、30分にレテリエルが逆襲から4点目。チリにとっては歴史的な完勝だった。
国見高の小嶺先生の感想は「帝京と暁星の試合を思い出した」ということだった。
昨年11月の高校選手権東京都予選を小嶺先生は、たまたま上京して見ていた。技術的にも、戦術的にも帝京が格上だったが、結果は暁星の快勝だった。
ブラジルの敗戦は、それと似ている。サッカーの勝負は、こわいものだ、というわけである。
ブラジルのプロの一員である三浦君の感想は、「ブラジルは、ウイングを使うチームを作るべきだ。ジョアン・パウロという、いいウイングプレーヤーがいるのに使わないのは間違っている」ということだった。
この日のブラジルは、カレッカとライのツートップ。左ラインのミューレルは引き気味だった。テレビで見た第1戦と違って、カレッカがリードする場面は少なかった。
今回のブラジルは、大部分が24歳以下の若い顔ぶれである。そしてみな個人のテクニックは抜群にうまい。しかし、チームをまとめるリーダーがまだいない。それは、これからの課題だろう――と、ぼくは思った。
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