企業色を消し地域のチームに
牛木 プロというからには、弱いところは入れられないと思う。そうすると実際には、日本リーグ1部チームと同じ顔ぶれにならないのか、現在のリーグとどう違うのか…。
川淵 いまの日本リーグ・チームがそのままプロになるということではなくて、さらに強化されたものでなければプロとはいえない。移籍などの方法で積極的に強化してもらわなければ…そしていちばん大きな違いは、フランチャイズ制をとって、競技場を固定することですよ。各チームの本拠地を決めて、地元の自治体と住民との結びつきのしっかりした体制にしたい。観客動員も地元との結びつきで、やってもらいたい。競技場も自治体の協力で使えるように、各チームで働きかけて欲しい。
牛木 地方には、国民体育大会などのために作った競技場があるからね。サッカーに優先的に使える確約をとるのは、現状では難しくても、近い将来には、解決できる問題かもしれない。
川淵 地域の協力を得るためにも、地元の少年たちの指導をするとか、地域の役に立つプロとしての体制を作りたい。地域の役に立つなら、1万5千人収容、ナイター設備つきのスタジアムは、将来的には、それほど無理な注文ではない。世の中は動き出していますよ。だから本当はチーム名から企業の名前をはずして、欧州のチームのように地元の都市の名前にして、応援している企業の名前は、胸のマークくらいに止どめたいんです。現状では難しいようだけれど、いまでも企業名を出さなくてもいいというところが、いくつかありますよ。
牛木 8チームにしぼることが出来たとしても、これを地方に分散させるとなると、大変ですね。
川淵 今の日本リーグのチームは首都圏に集中しすぎてますからね。関東首都圏に4、地方に4くらいが考えられる。希望が首都圏に集中したら、地方に出てもらうことを考える。地方に出たくないなら、はずして地方に出られるチームを入れる。
牛木 そうすると、また強いチームを除外して、弱いチームの入ったプロ・リーグを作ることにならないか?
川淵 いや、あくまでも、いまの日本リーグのチームよりも強いチームが前提ですよ。思い切ったことをやろうとしているのだから、枝葉の方ばかり見て欲しくない。幹の方を見て欲しい。
牛木 幹がしっかりした、まっすぐなものであって欲しいと願っているわけですよ。
川淵 幹さえしっかりしていれば、枝葉はあとで修正していけばいいと思っています。その幹は地域に密着したプロにすること、会社の厚生福利を離れて独立の組織にすることです。一つひとつのチームが独立の法人になるように求めています。もともとは日本リーグの再編成だけれど、いまは日本リーグの延長線をいかに断ち切るかが問題です。
牛木 日本のサッカーの現状を打破しなければ、どうしようもないということですね。プロ・リーグの、そもそもの目的というか、狙いは――。
川淵 日本サッカーのレベルアップです。それしかない。
牛木 プロ・リーグ結成が、なぜレベルアップになるのか。直接の関係はないように思うけど…。
川淵 プロにすれば強くなるのは分かり切っていますよ。プロにして弱くなるわけがない。
牛木 チーム数を減らして、素質のある選手を集中すればレベルアップにつながるという話でしたね。
川淵 それもあります。日本の選手は試合経験が少ないという話があるけれども、弱いチーム同士で試合をしても、力は伸びない。いい選手は、できるだけ一つのチームに集めて、強い者同士で競り合わせないと…。競争が進歩のもとですよ。
牛木 プロ・リーグでは、選手はみな契約選手ですか?
川淵 ファームは別で1軍は20人。そのうち18人は、プロとして契約した選手ということを求めています。
牛木 コーチがプロ化すれば、レベルアップにつながるとは思うが。
川淵 当然の話で、プロのための資格制度を新たに設けて、定期的な研修コースを作ってレベルアップを図ろうと考えています。優秀なコーチのマーケットが出来て、能力によって評価されるようにしたい。
牛木 いまの日本リーグでも、監督は専任が多いようだけど、企業チームでは、監督をやめると会社の仕事に戻って、代わりの監督が会社から出てくる。監督、コーチも会社の中と同じ年功序列で入れ替わる。これでは、手腕のある指導者が、必ずしも起用されることにはならない。プロになって、監督、コーチも、選手も、実力がなければ使われないという状況になればいいと思うけどね。
川淵 指導者にしても、選手にしても、レベルアップしなければ報われないという追い込まれた状態で競争すれば、伸びてくる。
牛木 プロ・リーグが成功すれば、子供たちに夢を与えることにはなる…。
川淵 今の日本の子供たちには、国内にサッカーをする目標がない。ブラジルに行ってプロになりたいな、というのが夢ですよ。国立競技場の高校サッカーで青春が燃えつきちゃうのでは困る。サッカーのいい素質を持った子が競輪に行ったり、プロ野球に憧れたりではもったいない。夢の受け皿を作ってやりたい。
子どもたちに夢の受け皿を…
牛木 観客動員は?
川淵 現在のままでは、お客さんは増えませんよ。会社の厚生福利でやっているチームを、会社関係者以外の人たちに、一生懸命応援してくれと期待しても無理ですよ。だから出来るだけ企業色を消して、地域のチームにしたいんです。従来は、サッカーを知っている人たちが見に来てくれていたわけですが、プロになったら、サッカーを知らない人にも魅力あるスポーツにしなければならない。
牛木 スタンドがいっぱいでないと、ゲームも面白くないもの。
川淵 観客動員が出来なければ、プロは成り立たない。入場料収入のためだけでなく、選手たちのためにも、お客さんのいっぱいはいった環境を準備してやることが義務です。これまで、われわれは選手たちに「お客さんの来るような、いい試合をやれ」と要求していたけれども、いい試合をやれるような環境を準備してやることは怠っていた。今後はスタジアムもいいものを確保して、観客を集めるための工夫もしなければならない。
観客のはいったスタジアムで試合して、自分たちの収入は、会社からもらってるんじゃない、お客さんからもらっているんだ、と感じられるようになれば、選手の意識も変わると思う。それが現状とプロ化との差になると思います。
牛木 これからのプロ・スポーツは、テレビの放映を抜きにしては考えられない。米国プロ・スポーツは、テレビの莫大な放映権料が主たる収入です。日本の場合は…。
川淵 テレビの放映権は、リーグが握って各チームに配分したい。いまは、サッカーのテレビ中継は非常に少ないけれども、将来は衛星放送などのチャンネルが増えて、番組の方が不足してくるから、プロ・サッカーのテレビ中継のチャンスは増えると思う。その点は見通しがある。心配していません。
牛木 選手の保有権と待遇については?
川淵 保有権というと……?
牛木 これは、プロ・スポーツにとっては世界共通の問題点ですね。チームの選手保有権についての考え方と規則が、はっきりしていないと、引き抜きなどが起きてプロの経営が無茶苦茶になる。
川淵 いろいろな問題点については、専門家も入れて、10くらいの小委員会を作って研究することにしています。選手の待遇や身分保証などについでも、そこで研究します。
牛木 細かい問題でも大切だと思う。慎重に、広く調べて、研究してほしい。
川淵 もちろんです。ぼくらは、夢を追っているんです。世界のひのき舞台に出ていくためには、日本のサッカーを変えなけりゃならない、現状を打破しなければならないと思っているんです。そして、変わらないはずがない、と信じています。自分で信じてなければやれませんよ。
インタビューを終えて
日本のサッカーを変えなくては――という川淵委員長の情熱と理念には、非常に打たれた。「自分がやらなければ誰がやれるのか」という気迫にあふれていた。
プロ・サッカー・リーグ計画の問題点を取材するために話を聞くつもりだったのだが、問題点を取り上げるにしても、推進力の川淵委員長の熱意と主張を、最初にファンの皆さんに知ってもらわなくては、話にならないと思って「サッカー・マガジン」にお願いして、まず、インタビュー記事として、ページを割いてもらうことにした。
結論を先にいうと、ぼくも、日本のサッカーに危機感を持っている。プロ・サッカー・リーグ結成にも賛成である。しかし、川淵委員長の考え方や具体的なビジョンには、賛成できないところも、いくつかある。
いちばん基本的なことをいえば「プロ・リーグ結成の目的は、日本のサッカーのレベルアップにある」という考え方に賛成できない。
プロ野球では、日本でも、米国でも「野球を不朽の国技とすること」を野球協約の最初に掲げている。
サッカーでも、プロ化の第一の目的は「サッカーを日本の社会に役立つスポーツとして盛んにすること」であるべきだと思う。つまり強化より普及である。そのためにサッカーを「社会に有益なビジネス」として成り立たせなければならない。
盛んになるのは、強くなるための条件の一つではあるが、目的は盛んにすること自体にある。
「プロにすれば強くなるのは分かり切っている」とも、必ずしも言えない。
プロ化は、レベルアップのために必要な数多くの条件の中の一つではあっても、十分な条件ではない。プロ化するために、サッカーを盛んにするための、あるいはレベルアップに必要な、他の条件を犠牲にするようなことがあっては、元も子もなくしてしまう。だから、社会の役に立つ、いいプロ・リーグが結成出来るように、十分に検討して慎重にやってもらいたいと思う。
ほかにも具体的な問題点があるが詳しくは次回以降に取り上げていくことにしたい。
読者の皆様からも、ご意見をいただければ幸いである。
(牛木素吉郎)
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