マラドーナ
すでに80年代のペレだ!!
1次リーグで傑出したプレーヤーを1人取り上げるとすれば、文句なしにアルゼンチンのディエゴ・マラドーナだ。
6月2日、メキシコ市オリンピック・スタジアムで行われたアルゼンチンの第1戦、韓国との試合で早くもマラドーナは、この大会の最優秀選手の第一候補であることを示した。
立ち上がり5分の1点目。ゴール正面のフリーキックが壁に当たってはね返ってきたのを、すぐヘディングで右のバルダーノに出す。バルダーノが角度のないところから、むずかしいシュートを決めた。
フリーキックが壁にはね返って目の前にくるという予想のできないケースで、とっさにもっともいい位置にいる味方にボールを出した判断がすばらしかった。
18分の2点目も、マラドーナのけったフリーキックから。後半開始直後、46分の3点目は、マラドーナが右から持ち込んでバルダーノが決めたもの。結局、この試合の3点は、3点ともマラドーナのアシストだった。
第2戦、6月5日にプエブラで行われたイタリアとの試合では、目をみはらせるスーパーゴールを決めた。
7分にいきなりPKで先取点を奪われたあと、34分の同点ゴールだ。(図)
中盤のジュスティからのパスを、ゴール正面でバルダーノが受け、イタリアの守りを引きつける。
そのとき、マラドーナはいったん後ろへ動いてから左サイドをダッシュした。
バルダーノからのパスが、イタリアの守備の頭越しに出た。
ワンバウンドできたボールを、左足首の内側にひっかけるようにしてけったシュートのタイミングは、絶妙だった。
ボールが芝生にはずんで上がってきた頂点で、ゴールキーパーが前へ出ようとする瞬間にけって、ゴールキーパーの目の前を抜いた。
けるタイミングが、もっと早かったなら、ゴールキーパーは、その場で防いだろう。もう少し遅ければ、ゴールキーパーは前に出てコースを抑えただろう。
マラドーナのけったタイミングは、ゴールキーパーにとって、手の出しようのないものだった。
6月10日、オリンピック・スタジアムの第3戦でも、マラドーナは76分の2点目をアシストした。左サイドであざやかに1人を抜き、ゴールラインぎりぎりから、苦しい態勢でセンタリングしたボールが、はかったようにブルチャガに合った。
1次リーグのアルゼンチンの6点のうち、1ゴール、4アシストである。
4年前のスペイン大会当時にくらべて、マラドーナの成長ぶりは、目をみはるものがあった。
まず第一に、敵の2人がかり、3人がかりのマークの間にボールを持って割ってはいり、浮き球のテクニックを駆使して突破するドリブルが、ますます、たくましくなっている。
第二に、相手の乱暴なタックルに倒されても、われを忘れるようなことは、まったくなくなった。倒されたときに、すぐ次のプレーを、つまり、その地点からのフリーキックを考えている。
第三に、中盤からパスを出すときの選択の幅が広くなった。以前から敵の守備ラインの間を抜いて走り出る味方へのパスは抜群だったが、いまは左右へ振るパスも、視野が広く、的確だ。
第四に、苦しい態勢からのセンタリングの正確さがみごとである。第1戦の3点目は右から、第3戦の2点目に左からのアシストだったが、ともに会心のセンタリングで、心からのうれしさを両手をあげ、グラウンドをたたいて表していた。
そして第五に、25歳の若さでアルゼンチン代表の主将として、押しも押されもしない貫ろくを身につけている。いきりたつ味方の手綱を引き締め、苦しい場面で味方を励ます。この点の成長がもっとも大きい。
1次リーグを終わった時点で、もう「マラドーナは、すでに80年代のペレだ」と思った。
個人技のたくましさと、リーダーシップの点では、あるいはペレを上回っているかもしれない。
その他のチーム
評価あげたソ連、デンマーク
1次リーグで活躍のめざましかったチームには、ソ連のほかにデンマークがある。このチームが決勝に進出すれば、1974年のオランダのように、サッカーの戦術の本に、新しいページを加えることになるだろう。
中盤に下がってきて長いパスを操るラウドルップ。ゴール前へ突進して鋭いシュートを放つエルケーア。この柔と剛の、しかもともにスピードにあふれるコンビは、いま欧州随一のツートップである。
守りのラインもいい。主将のモアテン・オルセンは、すでに36歳だが、守りを引き締め、攻めでは長いパスを出し、ドリブルで突進するスピードも衰えていない。
ただ、6月8日のウルグアイとの試合(ネサ)で、ウルグアイから6点もとったのは、逆にちょっと心配だった。
ハンガリーから6点とったソ連もそうだが、ちょっと取り過ぎではないか。
優勝を狙っているチームは、1次リーグから、こんなに飛ばして、手の内をみんなさらしたりはしないものである。
とはいえ、ソ連とデンマークの評価が1次リーグでぐんと高くなり、有力な優勝候補にのし上がったことは、間違いない。
1次リーグでの成績はパッとしなかったが、イタリア、ウルグアイはこわさを秘めたチームだった。ただ、何か新しいものを持っているようには見えなかった。
ベッケンバウアー監督の率いる西ドイツは、ちょっと違う。このチームは、平均的には能力は高いし、伝統的に苦境に強い戦闘力がある。しかし、今回の1次リーグでは、ルムメニゲとリトバルスキが完調でなく、後半のなかばから交代で出る程度だったこともあって、チームを率いるスーパースターがいなかった。
「ベッケンバウアー監督の悲劇は、ベッケンバウアーのいない西ドイツを率いたことだ」といわれるようなことにならなければいいのだが――と考えた。
イングランドは、ポルトガルに敗れ、モロッコと引き分けて脱落寸前だったが、第3戦でポーランドに3対0で勝って、息を吹き返した。
ロブソンが負傷、ウィルキンスが出場停止で、28歳の両ベテランが欠場し、若手を起用したのが、かえってよかった。
最前線にも186センチのヘートリーに代えて、173センチのベアズリーを使った。
その結果、イングランド・リーグ得点王のリネカーが生き生きと動くようになり、起死回生のハットトリックを演じた。
3点のうち最初の2点は、いずれもサイドから食い込み、低いパスで攻めて成功したものである。前の2試合では、ゴール前へのハイクロスの攻めをしていたのを、がらりと変えたのがよかった。3点目はコーナーキックからで、これはポーランドのゴールキーパーのミスだった。
そのほかの英国の2チーム(北アイルランドとスコットランド)、ソ連以外の東欧のチーム(とくにハンガリー)には、見るべきものがなかった。ヨーロッパから13チームも出ているのは多過ぎる。レベルはかりに低くても、アジアとアフリカの枠を、もう一つずつ増やした方が、世界のサッカー振興に役立つのではないかと考えた。
そのアフリカだが、モロッコが最初の2試合をともに0対0で引き分け、第3戦の対ポルトガルに勝負をかけて3対1で勝ち、ベスト16に残った。
これを計算ずくでやったのだとすれば、たいしたものだ。かつてウルグアイやイタリアが1次リーグでやったことのある手である。 アルジェリアも、ブラジルに1対0で敗れた試合は、なかなか良かった。
アフリカの2チームの選手たちは個人の運動能力が非常に高い。身体に無理がきく。ボールテクニックもいい。まだまだ可能性を秘めているのが魅力である。
アジア代表の韓国も立派だった。ブルガリアと引き分けたほかは2敗だったが、3試合全部に得点した。
合計4得点は、いずれもみごとなシュートで、しかも得点した選手がそれぞれ違った。つまり、ワールドカップの舞台で通用するシュート力を持つ選手が、何人もいるということである。
これは、アジアのサッカーの歴史に残る活躍だったといっていい。もちろん、この一つ上のレベルに抜け出すためには、考えなければならないことも多いのだけれども。
ともあれ、ベスト16は、実力どおりの順当な顔触れだった。
さあ、これから――。
いよいよ激闘の連続になる。
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