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サッカーマガジン 1987年2月号

短期集中連載★強豪チーム技術分析
<最終回>デンマーク
のびのびとしたプレーで
      魅力的攻撃サッカー     (2/2)

燃え尽くした体力と気力
 ――スペインになぜ大敗したか――
 ともあれ1次リーグでのデンマークの成績はかくかくたるものだった。E組で全勝。勝ち点6、総得点9、総失点1。これは24チームの中で最高の成績である。3戦全勝は他にはD組のブラジル(総得点5、総失点0)があるだけだ。 
 ただひとつの失点はウルグアイ戦のときの不運なペナルティーキックによるもので攻め崩されたものではない。デンマークは、攻めがはなやかだっただけではなく、守りもしっかりしていたという印象だった。 
 ところが、そのデンマークが決勝トーナメントにはいると1回戦(1/8ファイナル)でスペインに敗れてあっけなく姿を消した。それも1−5の大敗である。同じく1次リーグの花だったソ連もベルギーに敗れたが、こちらは延長の激闘のすえの惜敗だった。それに比べても、いかにもふがいない。1次リーグのデンマークは幻だったのだろうか。 
 スペインとの試合は6月18日。会場はケレタロだった。デンマークは、これまでと同じように活発に攻め、32分にペナルティーキックを得てリードした。 
 ところが、このせっかくのリードを前半終了間ぎわに、実につまらないミスでふいにした。味方のゴールキックをもらったイエスペア・オルセンが、これをゴールキーパーにバックパスしようとしてブトラゲーニョに横取りされたのである。 
 1点リードのまま前半を終えていれば、フレッシュな気持で後半の作戦をたてられたところだが、つまらないミスで同点にされたために、デンマークの選手たちは後半は目にみえて気持の張りが衰えていった。 
 ふつうの試合だったら、そんなことはなかっただろうが、ワールドカップは1カ月にわたる長い激しい戦いである。1次リーグで激戦のグループを勝ち抜いてきて、体力も集中力も限度近くまで消耗してきている。ちょっとしたきっかけが、その残り少なくなった肉体と心のスタミナの貯えを蒸発させてしまうことになりかねない。
  ブラジルやフランスのように優勝をはじめから狙っているチームは、決勝戦までを見通してペースを考えながら1次リーグを戦おうとするが、デンマークにはまだ、それほどの力はなかった。最初から全力を傾け、持ち前の攻撃的サッカーのすベをさらけ出して激戦区を戦ってきた。それだけに一つのミスで大きく崩れる可能性は大きかった。 
 さらにデンマークの守りの選手の年齢が高かったことも考えなければならない。守備ライン中央のモアテン・オルセンは36歳、プスクは33歳、中盤の守りのかなめのベアテルセンは34歳。精いっぱいやっているつもりでも動きの切れが悪くなっていたのは、やむを得ないところだった。 
 後半11分、スペインは右コーナーキックからカマチョ−ブトラゲーニョとヘディングを力強くつないで逆転した。デンマークの守備陣は長身ぞろいなのだが、ヘディングの競り合いで小柄なスペインの選手の方が勢いがあった。 
 そのあとブトラゲーニョの突進に守りがついていけずに反則で止めたためのペナルティーキック2つを含めて3点をとられての大敗。結果からみれば、デンマークは1次リーグですべてを燃やし尽くしてしまっていたのだともいえるだろう。 
 もう一つ付け加えるなら、1次リーグの西ドイツとの試合の終了直前にアルネセンが退場させられて、この試合は出場停止になっていたのも痛かった。反則に倒されて起きあがるときに、相手をけりつける形になったための退場処分だったらしい。本人はあとで「そんなつもりはなかったんだが……」と話していたが、退場するときには「つまらないことをしてしまった」という様子がありありだった。すでに決勝トーナメント進出が決まっている、いわばお花見試合でのことだけに、愚かなことだったというほかはない。これもデンマークの選手たちがワールドカップの戦い方に慣れていなかった一つの例である。 
 とはいえ、4試合全部を見るならば、はじめてのワールドカップで新しい攻撃的なサッカーを存分に展開して世界を驚かせたデンマークの活躍は、高く評価されなければならない。 
 デンマークは人口500万あまりの小国である。農業と漁業が主な産業で豊かとはいえない。ナショナルチームの選手は、ゴールキーパー2人と、今回ほとんど出番のなかったシモンセンを除いて、みな外国のプロに出かけている。ピオンテク監督はドイツ人である。
 そういう条件に恵まれない国から、なぜこんなすばらしいサッカーが生まれたのも、考えてみる価値のあることだろう。 
 人口が少なく、また国内にプロサッカーの基盤がないから、頼りになる選手は国外に出て、プロになる。そのために。ラウドルップ、アンデルセン、ミュルビーの3人を除いては年齢が高くなったのはやむを得ない。 
 外国のプロで稼いでいるほどの選手はみなそれぞれ特徴のあるプレーをし、強い個性を持っている。そういう選手を集めて、その良さを発揮させるためには、のびのびと攻撃的なサッカーをやらせるほかはなかったのかもしれない。個性が強く自信のある選手ほど前へ前へと出たがるものだからである。 
 常時、代表選手を集めて、集団できびしく鍛え、守りを固めるようなサッカーは、この国には縁がない。しかし、だからこそ、魅力あふれる攻撃的サッカーが生まれたのではないだろうか。  
      *    *    * 
 メキシコでの1カ月余りを思い出すと、いまではもう夢のようである。 
 世界の人間の心を揺り動かしたあの感動のプレーについては何千字、何万字書いても、書き足りるということはないし、書き尽くせるものではないだろう。 
 短期連載という約束で編集長にお願いして書かせていただいたこのシリーズも、もう6回になってしまったので、筆者としては残念だけれど、あまり誌面をふさぐのは気がひけるから、今回で自主的に打ち切らせていただくことにした。ベルギーやスペインのいかにもプロフェッショナルらしい巧さやしぶとさについても書いておきたい気がするが、それを言ったらきりがなくなるだろう。 
 ワールドカップについて、限りなく話しているうちに4年がたって次のワールドカップがやってくる――それが世界のサッカーファンの楽しみである。いつの日か日本でも自分の国のチームについて「あれは本当はオフサイドじゃなかったんだよ」などと語って4年間を過ごせるようになればなあと願っている。(おわり)

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