アーカイブス・ヘッダー
     

サッカーマガジン 1986年2月号

世界一の技が激突!!
史上最高の熱戦
ユーベントス、欧州に栄冠     (2/2)

延長120分のドラマ PK戦は運のものだが
 ふつうなら、このボルギ−カストロの勝ち越しゴールで、試合は決まっているところだろう。残り15分である。 
 しかし、アルヘンチノス・ジュニアーズは、守りを固めて、このリードを守り切ろうとはしなかった。 
 ホセ・ジュティカ監督が「見る人の魂を揺さぶるような攻撃のサッカーに徹する」といっていた通りだった。 
 一方のユーベントスは、リードされてもあわてず、プラティニを中心とする自分たちのサッカーを冷静に続けて、15分間のうちにチャンスが来るのを持った。トラパットーニ監督は試合のあとで「リードされても粘り強く戦うのが、われわれの良さだ」と話したが、激しい試合の経験を十分に積んでいる、その良さが、この状況の中でのプレーぶりに、十分に出ていた。 
 そして終了8分前、ユーベントスの同点ゴールが生まれた。 
 82分、ここでも、かぎになるプレーをしたのはプラティニだ。 
 相手のクリアボールを拾ったラウドルップが、右側、15メートルほど離れたところにいたプラティニに出し、その足でゴール前へ走った。 
 プラティニは、ボールを止めずに、ダイレクトで敵の守りの頭越しに折り返した。 
 この大きな壁パスがぴたりと合った。 
 抜け出したラウドルップは、前へ出てくるゴールキーパーをかわして右側へ抜けた。 
 そのとき、ちょっとつまづいて、ボールがラインを割るかとみえたのだが、よく追いつき、ほとんどゴールライン上の角度のないところからシュートを決めた。 
 ラウドルップの狙いとゴール前でのすばやいテクニックが光ったが、決め手になったのは、やはりプラティニの申し分のない折り返しのダイレクトパスだっただろう。 
 2−2の同点。 
 30分間の延長戦では、さすがに双方に疲れが見え、足にけいれんを起こした選手もいた。
 試合は引き分けで、カップの行方は、PK戦で決まることになり、後攻のアルヘンチノス・ジュニアーズは、2人目のバチスタと4人目のパボニが止められ、ユーベントスも4人目のラウドルップが止められたが、5人目のプラティニが、ぴしりと勝負を決めた。 
 試合後にホセ・ジュディカ監督が 
 「PK戦は運のものだから」と述べたように、PK戦による勝敗に大きな意味はない。試合は引き分けだったといっていいのだが、最後がプラティニのキックで終わったのは、なにか象徴的だった。 史上最高のすばらしい試合は、プラティニに始まって、プラティニが盛り上げ、そしてプラティニで終わったのだった。

あらゆる人が満足した最高の試合だった
 「すばらしい試合だった。あらゆる人を満足させた試合だ」 
 イギリスから来たベテランのサッカー記者が、こう言って大きく息をした。 
 ユーベントスの方は、カップを持ち帰ることが出来て、もちろん大満足だった。 
 しかしプラティニは謙虚に、こう語った。
 「世界へのテレビ中継を通じて、すばらしい試合を多くの人に見てもらえたのは、サッカーのために良かったと思います」。 
 トラパットーニ監督は、相手のアルヘンチノス・ジュニアーズを讃えて、すばらしかった選手として「ボルギ、バチスタ、ビデラ、エレロス……」と、相手の選手の名前を次つぎにあげた。 
 アルヘンチノス・ジュニアーズのジュディカ監督は「われわれのサッカーのすべてを出し切ることが出来て満足している。ユーベントスの方も、そうだと思う」と述べ、ボルギも「アルゼンチンのサッカーのレベルの高さを世界の人たちに改めて知ってもらうことが出来たと思う」と、さわやかだった。 
 スタンドを埋めた6万2千の観衆は、もちろん満足しただろう。この試合にはサッカーのあらゆるものがあった。 
 この試合を見ることが出来た人は、幸せだった。 
 テレビ中継が見事だったことも、付け加えなければならない。 
 世界61力国への中継の基地になった日本テレビは、10台のカメラを動員し、そのうちの1台をプラティニ専用にした。 
 あとでビデオを見てみたところ、このプラティニ・カメラの映像が実にきいている。 
 スーパーゴールがオフサイドになったのを知って、芝生に寝そべってユーモラスに落胆したショットも良かったし、アルヘンチノス・ジュニアーズが2度にわたってリードした直後の大写しになったショットも良かった。 
 味方が苦しい状況になったとき、選手たちは、そのチームの中心選手を見るものである。そのとき、そのスーパースターが、どういう表情をするか、どういう態度をとるかによって、チームのムードが違ってくる。 
 笑って見せようと思っても笑えるものではなく、きびしい顔をしてみせれば、それでいいというものではない。 
 苦しい状況での態度と表情には、その選手のパーソナリティーが、そのまま表れる。 
 プラティニ・カメラはそれをとらえていた。 
 あのようなパーソナリティーこそ、すぐれたサッカーに欠かせないものである。 
 スタンドからは見ることの出来ない表情をとらえていたから、テレビで観戦したファンも、きっと満足しただろうと思う。

守りのすばらしさにも注目しよう
 いまは家庭用のビデオがかなり普及しているから、この史上最高の試合を、これから繰り返して見ることが出来る。 
 そして、そのたびに、新しい発見が出来るだろう。 
 ファンは、いままでは気が付かなかったサッカーの面白さを見つけるだろうし、監督やコーチは参考になる戦法やかけ引きを学ぶだろうし、選手たちは真似してみたいプレーを発見するだろう。 
 この試合にはいろいろなものが含まれていた。 
 だから、ビデオを見るときには、あまり先入観にとらわれずに、いろいろなものを素直に見るようにしたい。 
 たとえば、ユーベントスは、プラティニやカブリーニからの長いパスを有効に使って試合を組み立てた。 
 しかし、だからといって「これからはロングパスの時代だ」と考えたりしたら、他のたくさんのいいものを見失うことになる。プラティニやボルギのドリブルが、敵を引き寄せるのに、どのように役立っていたか。敵を引きつけながらも、周りを見て、すばやく適切なパスを出すために、彼らはどんなことをしていたか――それを見落としたら大きな損である。 
 守りの方にも目をつけてみよう。 
 アルヘンチノス・ジュニアーズは、完全なゾーンの守りを敷き、プラティニに対しても特別なマークはつけなかった。 
 中盤でコミッソがよく動いて、攻撃の発端をつぶし、ひげ面のバチスタが、攻め込むコースをつぶし、4人のディフェンダーの浅いラインが網の目のようになって、相手のパスをインターセプトした。 
 ユーベントスもマンツーマンの堅い守りではなく、柔軟で機動力のあるディフェンスを見せた。 
 そういう中で、プラティニやボルギでさえ激しいタックルをした場面もあった。 
 そんな、さまざまなことをビデオを繰り返して見れば発見するだろう。ついでに付け加えると、幻のゴールになった場面で、確かにオフサイドがあったこともビデオで良く分かる。 
 ロート主審(西ドイツ)は、合計92もの反則をとり、途中からにわかに、きびしくなったような印象を与えたが、ビデオを見れば、一つひとつの反則は、間違いなく的確にとっていることが分かる。
  もう一つ、付け加えよう。 
 日本の観客の観戦ぶりも、すばらしかった。ユーベントスのカブリーニが「サッカーを良く知っている」とほめていたが、世界最高のプレーに酔い、十分に熱狂しながら節度を失わなかったのは確かに模範的だった。ただ、日本のサッカーが世界に誇り得るものが、これだけだとすれば、ちょっと寂しいのだが……。

前ページへ


アーカイブス目次へ
次の記事へ

コピーライツ