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サッカーマガジン 1986年1月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

与那城、戸塚の投入は正解だったか
不徹底だった森監督の“秘密兵器”の使い方

森孝慈監督の賭け
与那城と戸塚を加えた日本代表には一発の力がある!

 「ジョージと哲也を入れたのは正解だったのかね」
 と友人がきく。
 「正解だったと思うよ」
 とぼく。
 説明するまでもないだろうが、ワールドカップ予選の韓国との試合に与那城ジョージと戸塚哲也を加えた話だ。
 日本代表チームの森孝慈監督にとっては、あそこは賭けだった。
 チームワークのがっちり固まったこれまでと同じ顔ぶれでぶつかる――これは手堅い策である。韓国に比較して戦力は劣るけれども、サッカーのボールはまるくて、どちらに転がるか分からない。朝鮮民主主義人民共和国には勝ったじゃないか。
 とはいえ、いくら手堅い策でも、勝つ望みがあまりに薄くては話にならない。与那城と戸塚を加えれば、攻めには新しい変化が加わる。その変化で韓国を崩せるかどうかは未知数であるにしても、明らかに劣勢である方よりは、未知数を選ぶ。これは賭けである。
 「なるほど。最後のホールで1ストローク負けてるから、ロングパットを確実に寄せるよりも、一発で沈めようとするようなもんだな」
 「でも、確実にパーをとっておいて、相手がボギーしてくれるのを待つ手もある」
 ぼくはゴルフをしないので、友人たちの、きいたふうなたとえ話が当たっているかどうかは分からないけど、相手がボギーするような状況でなければ、一発を狙うのが当然だろう。
 問題は、相手がボギーしそうかどうか、こっちの一発に可能性があるかどうかの判断である。
 「与那城と戸塚を加えた日本代表チームには、一発を狙える力があると思う。だから2人を選手団に加えたのは正解だった」
 とぼくが説明した。おそらく森孝慈監督も同じ考えだったのだろう。
 「そりゃ、哲也を入れたのは当然だよ。でもおれは、入れたときの森監督の言いぐさが気に入らない」
 戸塚ファンの友人が、別の問題を持ち出した。
 「新聞で読んだんだけど、柱谷が香港での試合で警告を食って、韓国との第1戦に出られなくなったんで戸塚を入れると言ったそうじゃないか。柱がないから代わりのつっかい棒だなんて、ばかにしてるよ」
 「確かにね。韓国に勝つには、戸塚の力がぜひ必要だと言わなきゃあな」
 友人たちには、いささか誤解があるようだ。     
 柱谷選手と関連した発言は、記者会見の席で、1人の記者の質問に答えたもので「柱谷が使えなくなったのは、戸塚を加える決心をした一つのきっかけになった」という趣旨だったと聞いている。
 ただ、それにしても、誤解を招くような、ものの言い方は、一流の監督としては、よろしくない。西武の広岡監督や阪神の吉田監督にくらべて、わが森監督には「ずるさ」が足りない――とぼくは思った。

秘密兵器の使い方
森監督は、第1戦では2人を生かそうとしなかった!

 与那城と戸塚を加えたのは、森監督の一つの賭けだった。状況からみて、賭けをしたのは正しかったと思う。
 では、韓国に対する秘密兵器として、この2人を、どう使うべきだっただろうか。
 10月26日の東京での第1戦の前、ぼくは次のように考えていた。
やり方は3通りある。
 一つは、与那城と戸塚を、2人ともスタートから使う方法である。
 読売クラブでやっている、2人のコンビによるさまざまな突破の方法は、従来の日本代表チームにはなかったものである。
 これに木村のスピードとキック力をからませれば、また新しい攻め手が出来る。
 読売クラブの仲間である加藤久、松木、都並から戸塚へ結ぶ攻めも当然、組み込める。
 もちろん、原のヘディングを生かした従来のパターンも、あわせて使える。
 これだけ変化の多い攻めは、韓国側には、まだ研究されていないはずだから、立ち上がりに、いきなりこれをぶつけて、先取点を狙うのは面白い。
 これが成功して、早い時期に1点か2点とれたら、まず与那城を、ついで適当な時期に戸塚を引っ込める。34歳の与那城にフル出場を望むのは体力的にむつかしいし、2人とも守りは専門でないから、リードしたら、守りのしっかりした従来の布陣に戻すわけである。
 逆に、2人を使った新戦法が韓国に通用しないようだったら、ある程度やってみて、2人を引っ込めて、従来の布陣で戦うことに切り換える手もある。
 もう一つの方法は、与那城をスーパーサブとして使う手である。
 従来のメンバーの柱谷に代えて戸塚を先発から使う。この場合は、与那城とのコンビではなく、戸塚個人のストライカーとしての才能に期待するわけである。
 そして、後半のなかばを過ぎて、同点だったり、リードされていた場合に与那城を投入する。試合の終わりごろには、敵も疲れているから、新たに投入された秘密兵器のテクニックと突破力が、ものをいう可能性がある。この場合も、与那城、戸塚、木村のからみを生かすことを考えなければならない。
 第三の方法は、新戦力としては戸塚を主に考え、与那城は、木村がけがをした場合の代役としてベンチに置くやり方である。
 ぼくは、東京での第1戦では、最初の、与那城と戸塚をともにスタートで使う方法がいいのではないか、と考えた。
 理由はいろいろあるが、第一には早目に地元で先制点を狙って、韓国を心理的に追い込んだ方が、今回の場合は有利だからである。 また、与那城抜きで、戸塚と他の選手とのコンビを作るには、今回は時間が足りないと思ったからである。
 だが、森監督は別の考え方だったらしい。
 第1戦で与那城が出場したのは、残り時間8分になって、木村が足にけいれんを起こしたための代役としてだった。そして、そのときには、戸塚はもうフィールドにはいなかった。

第2戦は先発だったが
手の内を見透かされた森監督は勝負師としては失格!

 11月3日にソウルで行われた第2戦では、森監督は、与那城と戸塚を2人そろって先発メンバーで使った。つまり、ぼくが第1戦でやるべきだと考えたことを、第2戦で試みたわけである。
 これはもう、やむを得ずやったことである。
 ゴルフ好きの友人のたとえでいえば、アウェーの第1戦に2−1で勝った韓国は、もうパーをとってしまったようなものだから、こちらは長打一発、バーディーを狙うほかはなかったわけである。
 「でも、それは無理というものだな」
 と友人はいう。
 「この場合は、ポーカーにたとえれば、最後の1枚のチップでブラフをかけるようなもんだ。相手に手の内を見透かされているよ」
 日本は第2戦も1−0で敗れた。いろんな点で韓国チームの方が一枚上で、実力通りの結果だが、日本代表の戦いぶりは、そんなに悪くはなかったと思う。もうちょっと運があれば、先取点できたかもしれないし、先取点すればチャンスがもっと広がったかもしれない。
 勝負ごとに「もし……だったら」は通用しないし、まして「運があれば」なんていうのは、泣きごとに過ぎないけれど、与那城、戸塚を入れてなければ、もっと望みのない試合ぶり、つまり、一方的に攻められたのを奮戦して防ぎまくり、逆襲一発に望みを託すという試合になったのではないか――と考えた。
 与那城と戸塚を並べて使った第2戦は、決定的な場面は少なかったけれども、押しまくられた感じはなかった。中盤は互角だったと思う。
 しかし、与那城からのパス、戸塚からのパスは、断片的にしか見られなかった。これは、韓国の守りが良かったからで、確かに、日本は手の内を見透かされていた。
 戸塚は、ストライカーとしての良さも、あまり見せる機会がなかった。これは、日本チームの攻め方にも関係はあるが、韓国の金正男監督は、マークするディフェンダーを適切に選んでいた。
 与那城のドリブルによる突破も、数回チャンスがあっただけだった。中盤では、ドリブルしようとすると、激しいタックルで倒されたりしていたが、ファウルはとってもらえなかった。敵地での試合で審判が味方してくれるのを期待できるわけがない。
 ――というようなわけで、与那城と戸塚を加えたのは正解であり、森監督にとっては、勝負どころだったと思うのだが、実際の戦い方はちぐはぐだったと思う。
 つまり、この点に関する限り、森監督は、勝負師として失格だったと思う。
 2人を使うことに踏み切ったのなら、有利な地元で、頭から徹底して攻めに使うべきだったのではないだろうか。もちろん、そうしていれば勝てた――という保証はないけれども……。


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