審判批判はむずかしい
フランス−クウェート戦の主審はヘボだったのか―。
1次リーグのフランス−クウェート戦で、審判をめぐるトラブルがあった。ぼくは、たまたまその試合を見たので、実情を報告しておこう。
トラブルが起きたのは後半も終わりごろの80分。フランス3−1でリードのときである。
中盤のプラティニから、守備ラインの間をジレスヘパスが抜けた。オフサイドぎりぎりだったが、ジレスが独走してシュート、4−1になった…と思われた。
クウェートの選手たちが、主審を取り囲んで何やら訴える。そのうち選手たちや観衆が、正面スタンド高いところにあるロイヤルボックスをしきりに仰ぎ見る。見ると、そこには、アラビア王族風の衣裳をまとったヒゲの人物がすっくと立って、大きく手を振って選手たちを招いていた。どうみても、これは選手たちに総引き揚げを指示するゼスチャーで、史上初の試合放棄事件? かと思われた。
そのうちに、その人物はスタンド裏の階段を降りてフィールドに現れ、何やら話していたが、やがて、にこやかに拍手しながら戻って来た。
円満解決。7分間の中断で試合再開である。
ところがだ。
その試合再開は、ゴールを取り消し、ジレスがパスを受けた地点でのドロップボール(レフェリーボール)だった。オフサイドならフリーキックで再開のはずである。
あとで聞くと、プラティニがパスを出した瞬間、タイミング良く、スタンドから、ひときわ高く笛を吹いたヤツがいたらしい。そういえば確かに笛の音が聞こえた。それをクウェートの選手は、オフサイドの笛とカン違いしてプレーをやめ、ジレスのシュートのあと苦情を申し立てたのだった。
ロイヤルボックスの王族風の人物は、クウェート・サッカー協会の会長で、同国オリンピック委員会会長、国際オリンピック委員会(IOC)委員、ファハド・アルマド・アルヤヘル・アルサバ王子だった。
主審は、スタンドの笛を不測の事による試合中断と同じにみなして処置したのだが、もとより、この処置は間違っている。スタンドの騒音でいちいちプレーを中断していたらワールドカップの試合は、できやしない。それに、お偉方が介入してから判定を変更したのも、いかにもまずい。しかし、だから主審がヘボだったのかというと、これはむずかしい問題で、当日の雰囲気や前後の事情など、いろんなことを知ったうえでないと説明できない。主審が、自分の名誉を犠牲にして、ワールドカップの試合を救ったということもできるが、こういう言い方も、誤解を招きそうである。
翌日、国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会は、クウェート・サッカー協会に2万5千スイスフラン(約300万円)の罰金を課し、王子さまの会長の「スポーツマンらしくない行動」に警告し、ミロスラフ・ストパール主審(ソ連)を、改めて審判委員会で検討するまで、一時資格停止にした。実に適切な処置で、主審への処分が後日に委ねられている点に留意したい。
FIFAの処置は、直ちに公表された。かつて日本リーグで似たような事件があったとき、当事者が大企業のお偉方(といっても王子さまよりランクは低いが)だったので、処分をあいまいにしようとしたことがあるのを思い出した。
ムンディエスパーニャ
大会の評判を悪くした入場券とホテルの高額“パック”
スペインのワールドカップを見に行くのに、ぼくは、ホテルの予約をいっさいして行かなかった。スペインの大会組織委員会から「報道関係者のために確保してある」と知らせてきたホテルの値段がベラボーだったからである。コーヒーとパンだけの朝食付きで、最高級の五つ星が4542〜8970ペセタ(約1万500〜2万600円)、中級の下の二つ星で1897〜2185ペセタ(約4千400〜五千円)である。
これは、大手の国際旅行会社3社が、大会当局から権利を得て設立した「ムンディエスパーニャ」の特別料金で、ふだんの2、3倍という無茶苦茶な値段だという。
「ムンディエスパーニャ」は、海外向けの入場券(全部で200万枚のうちの約半分、100万枚)の割当てを受け、これをホテルと組み合わせて“パック”にして、全世界で売り出した。日本からの見学旅行団はみな日本の旅行社の取りつぎで、これを買ったわけである。
あらかじめ入場券を確保しておこうと思えば、このホテルこみのパックに加わるほかはない。したがって入場券を確保したいばかりに、高いホテル料金を支払うことになる。
大会取材を認められた報道関係者は、入場券を買う必要はないが、宿舎のあっせんは、この「ムンディエスパーニャ」が引き受け、高い値段を知らせてきたわけである。
新聞記者でも、必ずしも希望の試合の記者席に自由にはいれるわけではなく、それはそれで“もんちゃく”もあったのだが、その話は一般の人には関係がないから省略するとして、とにかく「ムンディエスパーニャ」から入場券を買うわけではないのに高いホテル代を払うのはバガバカしいから、ぼくはホテルの予約をしなかったわけである。
それで現地で非常に困ったかというと、そんなことはない。団体と違って1人分くらいのベッドは、なんとかなるものである。一流というわけにはいかないが、清潔で親切なホテルを、ふつうの価格でとることができた。
今度の大会は運営面では、いろいろ不手ぎわがあって、かなりの批判を浴びていた。「ムンディエスパーニャ」は、その最たるもので、今回の大会は、残念ながら全面的に「ビバ!」というわけには、いかなかったように思う。
日本代表チームの失敗
予選で負けた国のチームがのこのこ来るのが間違いだ
ワールドカップの最中に、日本代表チームが、おそろいでスペインへやってきた。サッカーにわく国で大歓迎を受け、大会を見学して大いに成果をあげた――と書きたいが、将来のために、ここは率直な感想を述べさせてもらう。
日本代表チームが泊ったのは、バルセロナから40キロくらい離れたシチェスという町である。ここは海水浴場で満足なグラウンドもない。関係者は、バルセロナ近辺で芝生の練習グラウンドを探すのに苦労していた。
地元はワールドカップにわきたっている最中だから、極東の島国の代表チームが来たって、何の関心もない。練習試合の相手を探すのもひと苦労である。しかも連日、30度を越す暑さである。耐暑訓練をするのなら、日本国内に、もっといい場所がありそうなものだ。
ワールドカップの試合見学の方はどうか。これがまた、ひどいものでゴール裏の立ち見席だから、満足にプレーが見えなかったという。何のためにスペインに来たのかわからない。決勝戦では、マドリッド市内に宿舎がとれないので、取材に来ている日本のカメラマンの世話になって、安いホステル(ホテルより一つ下のクラス)を探してもらっていた。
日本代表チームも“ムンディエスパーニャ”のパックで来ていて、こういう目にあったのだが、これは日本サッカー協会の落ち度で、ぼくは同情しない。というのは、同じパックツアーで来ている日本の見学団でも、事前の調査がしっかりしていて、一流ではないが、きちんと市内のホテルをとり、いい席の入場券を確保していたグループもあったからである。
だいたい、一国の代表チームが、おそろいでワールドカップを見に来るのが見当違いである。本当に見たい人は、自分の費用で来て、自分で苦労してホテルや切符をとり、自分の好きなチーム、好きなゲームを追っかけて見るべきである。
その方が、団体のお仕着せでぼけっと見ているよりもずっと身につく。実際にそうやって見に来ている日本人が、何人もいる。
予選落ちした国から来ている記者に「お前の国の代表選手は、いま、どうしてるんだ」ときいたら「バカンス(休暇)だね」という。
「ワールドカップは見ないのかね?」と追求したら、こう答えた。
「ワールドカップ? そんなものやってるの? っていうだろうな。だけど、うちでこっそり、一生懸命テレビを見てるだろ」
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