W杯のベストゲーム
事実上の決勝戦はイタリア対ブラジル。あとは付録だ
スペインのワールドカップで行われた52試合の中で「もっともいい試合」は、どれだったろうか。ぼくの見た限りでは、ベストゲームは2次リーグのイタリア−ブラジルである。
7月5日(月)に、バルセロナのサリア・スタジアムで行われたこの試合は、まず雰囲気が、いかにもワールドカップらしく熱狂的だった。
比較的小さい4万4千のスタンドを、黄色と緑のブラジルと、緑白赤のイタリアがほぼ二分して、ラッパやタイコがけたたましい。イタリアの応援団がタイマツを燃やし(これは、いささか危ない)、ブラジルの応援団がスタンドから黄色と緑のタコを五つもあげた。こういうバカバカしいお祭り騒ぎを楽しめないと、ワールドカップとはいえない。
試合内容も、もちろん良かった。ぼくは、この時点で「これが事実上の決勝戦だ」と思っていたし、結果的にもそうなったといえるだろう。点のとり合いのすえ、3−2でイタリアが勝った。
得点の中でとくに良かったのは、イタリアの1点目とブラジルの2点目である。
前半5分のイタリアの先取点は、カブリーニが左からブラジル守備ラインの背後に浮き球を落とし、そこヘロッシが飛び込んだもので、ブラジルの弱点であるゴールキーパーとセンターバックの間を、はじめからねらっていて、見事に成功した。大げさにいえば、今回のイタリアの優勝を決めたゴールだった。(図1)
後半にはいってイタリア2−1のリードのとき、68分にブラジルが同点にしたゴールは、今回のブラジルの攻撃の良さが典型的に出たものだった。ファルカンヘボールが出たときその背後をまわってトニーニョ・セレーゾが右へ走り、イタリアの守りがそれにつられて下がったすきに、ファルカンは内側にドリブルしてフリーになり、シュートした。一人のアイデアに、他がたちまち応じて、攻めをつくり出した。(図2)
このほかにも、いい試合はあった。準決勝の西ドイツ−フランスの延長戦はドラマチックだったし、決勝のイタリア−西ドイツも壮烈だった。
しかし、スペイン・ワールドカップは、2次リーグのイタリア−ブラジルまでが“本誌”で、あとは“付録”だったように思う。
付録もはなやかで楽しいが、中味の厚いのは本誌である。
ブラジルの良さは…
テレ・サンターナは、創造性を生かしてチームを作った
バルセロナで、ブラジルの新聞記者に話を聞く機会があった。リオデジャネイロから1300キロぐらい北にあるレシーフェという町の『ジアリオ・ジ・ペルナンブコ』紙のパウジ・コウチーニョ記者で、ワールドカップ取材は2度目、ということだった。コウチーニョ記者のレポートはすでに発売されている『別冊サッカー・マガジン』に載っているが、なかなか内容のある話だったので、ここに“さわり”だけでも紹介しておこう。
今回のワールドカップで“もっともいいチーム”はブラジルだった――とぼくは思うので、なぜ、こんないいチームができたのかを、まずきいてみた。コウチーニョ記者の話はこうである。
「サッカーのチームは、コーヒーの収獲と同じ。当たり年もあれば、はずれ年もある。1970年メキシコ大会のときは、ペレをはじめ、すぐれた才能がそろった。その後、不作だったが、今回はまた、いい選手がそろったということだ」
チームを作るには。選手が第一である。しかし4年前にも、ジーコ、オスカールやトニーニョ・セレーゾはいたんじゃないか。
「それはそうだ。前回は監督のコウチーニョ(この記者と同姓だが無関係)が、欧州に勝とうと力強さとスピードを吹き込んで選手たちにも、新聞記者にも、きらわれて、うまくいかなかった。それにコウチーニョの話は、こむずかしくてね」
今度のテレ・サンターナ監督は、まるで違うわけだ。
「テレ・サンターナは、むずかしいことはいわない。彼のサッカーの基本は二つある。一つはシンプリシダード(簡単さ)。もう一つはクリアティビダード(創造性)だ。テレは簡単にわかりやすく説明して、選手たちに自由にやらせる。選手たちが自分自身のアイデアを生かしてプレーをする。ブラジル人は、基本的なことでも強制されると、やりたがらないんだ。サンバのリズムで自由にやらせないとね」
でも、ゴールキーパーとセンターバックは、ちょっと弱い。
「うん。それはよくわかっている。しかし、基本的にブラジルの大衆の好みにあった、いいサッカーをやっているので、われわれ新聞記者も、いまのところは、あえて、その弱点を批判しないようにしている」
その後、ブラジルはその弱点をイタリアにつかれて、2次リーグで姿を消した。しかし、ブラジルらしい、いいサッカーを世界に見せたというので、本国でも暖かく迎えられたそうだ。
ブラジル“黄金の中盤”
中盤の4人が、攻めでも守りでも“基地”になった。
ブラジルのコウチーニョ記者の話の続きである。
今回のブラジルの布陣は4−4−2で、中盤の4人、ファルカン、トニーニョ・セレーゾ、ソクラテス、ジーコが、攻めでも守りでも、重要な仕事をしている。いまブラジルでは彼らを“黄金の男たち”と呼んでいる。この“黄金の中盤”が“基地”になって、攻めも守りもカバーしている。
そのやり方を簡単に説明しよう。(図3)
トップは2人で、センターフォワードのセルジーニョは強力なストライカーだが、ムラが多い。彼の本当の仕事は相手を引きつけてスペースを作ることだ(もちろん自由にさせてもらえれば強力な一発がある)。
左ウイングのエデルには問題があって、右にパウロ・イジドロを使ったほうがいいという説もあるが、テレ・サンターナ監督は、あえてエデルを使った。彼も、放っておけば、強力な左の一発があり、相手の守りを引きつけることができるからだ。
前線の右のスペースはあいている。ここには、中盤の選手や右のディフェンダーのレアンドロが自由に出てくる。
中盤の4人は、全部がゴール前まで出てプレーする。この4人の中でジーコが中心だとか、ファルカンがいいとかいうのは正しくない。アルゼンチンは、マラドーナやパサレラのような2、3人のスターが中心になっているが、今回のブラジルは、スターたちが、みんなで協力しているチームである。ジーコ自身が「ジーコはブラジル代表だが、ブラジルを代表するのは、ジーコではない」と言っている。この4人は、それぞれ中盤から、自分自身の創造性を生かして攻めに出るが、他の選手たちは、それに応じて自由に動き、それでいて見事に一つのチームになる。
守りも、この中盤が中心になる。守りの方では、後方の選手が攻めに出たときのカバーリングは、ある程度、システム化されている。両サイドバックのレアンドロとジュニオールが、2人とも攻め上がって、守備ラインにルイジーニョとオスカールの2人しか残っていないときが、しばしばあるが、そういうとき注意してみると、中盤の4人が下がって、守備ラインの前で、スクリーン(幕)を張っているのがわかるだろう。
――以上が、“黄金の男たち”の才能を生かすためのブラジルのシステムの概要である。
このブラジルのサッカーは、新鮮で、生き生きとしていて、見て楽しかった。これが2次リーグで消えたのは、本当に残念だった。
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