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サッカーマガジン 1982年8月号
ビバ!! サッカー!!

加藤久君、がんばれ
英語の本の翻訳をたちまち仕上げ、日本代表で大活躍

 サッカー・マガジンの8月号から日本代表のディフェンダー、加藤久君が翻訳したフィル・ニールの「フルバックの現代的役割」の連載が始まるはずである。
 フィル・ニールの名前は読者の皆さん、ご存じだろう。
 昨年12月のトヨタカップに、欧州チャンピオン“リバプール”のディフェンダーとして来日。
 スペインのワールドカップには、イングランド代表として出場している名選手だ。
 今年の2月ごろ、読売クラブに用があって電話したら、たまたま電話口に加藤久選手が出て「ついでながら、ちょっと相談にのってもらいたいことがある」という。なんだと思ったら、このフィル・ニールの本を日本語にして紹介したいが、どうだろうか、ということだった。
 昨年の夏、日本代表チームのメンバーとして、ヨーロッパに遠征したとき、ある町で本屋に入って、この本を見つけて買ってきた。読んでみたら、なかなか面白いから、日本の選手やファンに紹介したい、というわけである。
 「さすがあ!」と、ぼくは感心した。
 だいたい、海外遠征に行って、英語の本を買って読むなんていうのがにくいやね。
 それを自分で翻訳しようなんて、なおさらだ。
 たくさんの、眼のある読者に読んでもらうには『サッカー・マガジン』がいちばんだから、ぼくは、さっそく紹介の労をとった。
 ぶちまけていうと、最初、編集長は二の足を踏んだのである。
 なぜかというと、イギリスでは、名選手の名前でサッカーの本が、いろいろ出る。
 たいていは、ゴースト・ライター(代わりの筆者)が書いた内容の無いものだから、これも、そのデンだろうと、思ったらしい。
 「でも一応は現物を見てくれ」といって、本を見てもらったら、これは、ミーハー向けの通俗本とは、わけが違う。内容のしっかりした、技術、戦術の本である。今度は逆に、内容がまじめで硬すぎるから、敬遠するかと思ったら、そこはさすがに 『サッカー・マガジン』だ。「これならやりましょう」と、翻訳権を手に入れてくれたしだいである。
 加藤君は、ジャパン・カップの合宿前に、さらさらと5回分の翻訳を編集部に届けた。これには、ぼくが腰を抜かした。締め切りぎりぎりにならないと原稿を書かないぼくに、手ごわいライバル出現である。
 選手としての加藤久の活躍も、めざましい。
 昨年度の年間最優秀選手の投票でぼくは加藤久に入れたが、最高点は200ゴールの釜本御大だった。ジャーナリスティックな投票だから、それはそれでいいのだが、ジャパン・カップでのプレーぶりを見ると、ことしこそ、加藤久じゃないか、という気がする。

奥寺康彦君の至言
速攻と遅攻を使い分けられないのが、日本の弱点だ 

 ジャパン・カップ・キリン・ワールドサッカーの、日本代表−ベルダー・ブレーメンの試合のあとで、奥寺康彦君が、非常にいいことを言った。
 ブレーメンの監督が「日本のチームについて気がついたことを、一つだけ申し上げると、速攻もいいけれど、攻めが行き詰まったときに、選手たちは、どうしたらいいか、わからないようだ」という意味のことをしゃべった。
 この言葉を、通訳の人が日本語にするのを、同席の奥寺選手がきいていて、補足説明をした。
 「日本のチームは速攻で攻め込むが、それが妨げられたときに、態勢をたて直して、今度はゆっくりチャンスを作ることができない。両方できなきゃいけない、ということです」
 奥寺君は、少なくともサッカーについてのドイツ語は、不自由なく理解しているようだ。
 奥寺君の説明は、日本のサッカーの欠点を、ぐさりとついている。つまり、そのときそのときの状況に応じて、速攻と遅攻を使い分ける個人個人の戦術的能力が弱い、ということである。これは、日本のサッカーに“緩”と“急”の区別が少ないということにも、通じている。
 日本代表との試合のとき、ブレーメンは前半1点を先取すると、守備プレーヤーが慎重になって、ラインを厚くして守るようになった。
 そういうときに正面から速攻を仕掛けても、相手の守りの網にひっかかるだけである。
 日本代表の中盤で攻めの組み立てをやっていた戸塚は、ここは、ゆっくりセットして攻めようと考えたらしい。前半の終わりごろに、そういう気配をみせた。これは適切な判断であると思う。
 ところが、他のプレーヤーは、相変わらず速攻のリズムで前へ、前へと相手の守りの網の中に走って行くので、戸塚はパスの出しようがなくなってしまった。そういう場面が2、3度あった。
 セットしてゆっくり攻めるといっても、最後に相手の守備を破るときには、スピードが必要である。つまり、緩から急への変化がいる。ブレーメンの先取点が、そうだった。
 ゆっくりした組み立てで、奥寺が中盤の前の方まで上がってきた。奥寺が右側のメールマンにボールを渡した。そこから緩が急になった。
 メールマンが前線のノイバートに縦パスを出し、ノイバートが相手を背にして持ちこたえている何分の一秒かの間に、メールマンが走り込んでシュートした。電光石火、目にもとまらぬ早わざだった。


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