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サッカーマガジン 1980年2月10日&25日号

第59回天皇杯全日本選手権・総評
攻守のバランスのとれた
       フジタ時代の幕開け   
  (2/2)   

バランスのいいフジタ
 単独のクラブチームとして世界に通用する力を追い求めるために、フジタがこのシーズンに展開してみせたサッカーは、日本リーグの他のどのチームのサッカーよりも、適切なものであったと思う。なぜなら、フジタのサッカーは、守備と攻撃のバランスが良かっただけでなく、個人技とスピード、個人技とチームプレーのバランスが良かったからである。
 現代の世界のトップレベルのサッカーは、日本に比べて、よりスピードがあり、より激しい。それは事実である。しかし、そのスピードと激しさに耐えてボールを扱えなければサッカーは成り立たない。個人のテクニックのレベルと、スピードや激しさのバランスがとれていなければ、走れば走るだけ、動けば動くだけ、相手にボールを献上し、体力を消耗することになりかねない。決勝戦での三菱のサッカーは、結果的に、そうなっていた。フジタは逆に、個人技を生かしながら動き、個人技を生かすために走っていた。
 今回の天皇杯は、短期決戦だった。オリンピック予選を10月に予定していたために(実際には3月に延びたが)リーグの後期の日程が12月中旬までずれ込み、天皇杯の決勝大会は、12月下旬から元旦にかけて、集中的に行われた。
 しかも、フジタのリーグ優勝が早いうちに決まってしまったから、多くのチームが、リーグ期間中に目標を天皇杯に切り換えていた。リーグ7位の三菱も、その一つで、年末の短期決戦に備えて集中的にトレーニングをしていたという。
 十数年前、日本リーグが誕生する前の社会人チームのやり方は、みなこうだった。大会は、みな、短期集中の連日のトーナメントだったから、選手たちは大会の前に、いっせいに休暇をとって合宿をし、体調を整えて決戦に臨んだ。
 こういうやり方だと、試合はスピードと激しさの勝負になりやすい。走りまわり、動きまわることができるように、コンディションを整えてくるからである。
 三菱が決勝戦に進出してきたのは、今回の天皇杯が短期決戦だったことに関係があると思う。長期の日本リーグとは違って、整備された体力を一気にぶつけることができたからである。それでも、最後にはバランスのいいフジタの総合力の前に、力尽きた。そこに教訓をくみとるべきではないだろうか。
 とはいえ、三菱のサッカーが1970年の日本のサッカーの中で上位を占め続けてきたことへの評価を忘れては片手落ちだろう。
 1970年代に三菱は、リーグで2回優勝し、2位をはずしたことは一度しかなかった。天皇杯では3回優勝した。その逆襲速攻のサッカーが、日本に新しいものをもち込んだことは間違いない。今回の決勝進出がその最後のひと花であるかどうかは、次のシーズン以降の三菱を見なければ本当のところはわからない。 

その他の問題
 最後に、今回の決勝大会全体を、かけ足で眺めておこう。
 ベスト4は10年連続で日本リーグの1部チームだった。日本リーグの1部上位チームと他のチームとのレベルの格差は、縮まるどころか、少しずつ開いていっているようだ。
 一方、1部の下位チームと2部の間には、ほとんど差がなくなっている。これは、日本リーグ2部5位だったヤンマークラブが、1回戦で新日鉄を、2回戦で日産自動車を、それぞれ下して、1部チーム以外では、ただ一つベスト8に残ったことで示されている。これをみると、長い間の宿題になっている1部と2部との間の入れ替え戦廃止が、ますます必要になってきているように思われる。
 このヤンマークラブは。準々決勝でも、三菱を相手に非常に良い試合をした。選手の一人ひとりが自分の能力を発揮し、それぞれの判断で攻守を組み立て、しかも、それがチームプレーにつながっていた。この大会を最後にチームを解散、1部のヤンマーディーゼルに吸収されることになったようだが、これだけのチームをつくりあげた水口監督にしてみれば、残念至極なことだろうと思う。
 大学チームは、例によって短期決戦に強い早大が、ちょっと学生の意地をみせた程度で今回もいいところはなかった。関東大学リーグ優勝の法大は、関東大会で関東大学2部3位の順天堂大に負け、関東大学4位の中大は地域リーグの東邦チタニウムに負けている。また関東大学3位の東農大は決勝大会1回戦で日本リーグ2部下位の帝人に敗れた。
 高校の優秀なタレントを集めた大学チームが、それを生かしていないのは、日本のサッカーの将来にとって大きな問題である。大学サッカーのあり方自体を、考え直さなければならないと思う。
 一方、関西から新しい形の大学クラブチームが登場してきたのは注目していい。一つは大商大の2軍とOBでつくった大商大クラブ、もう一つは大体大の2軍とOBでつくった北摂けまり団である。どちらも1回戦で敗退したが、大学サッカーの将来のあり方の一つを示唆するものだったのではないか。
 最後の最後に、もう一つ、運営面への注文を加えよう。 
 日本サッカー協会の天皇杯委員会は、運営面の改善を少しずつやっていることは、やっている。しかし、その歩みは、まったく、まどろっこしいぐらい慎重で思い切りが悪い。
 そこで、多くの問題点のうち、次の二つを次回への課題として注文しておきたい。
 一つは、決勝大会のチーム数を4つ増やして32チームにすることである。現在の28チームでは、1回戦不戦勝のチームが出るので、いろいろな面で不都合だし、不公平が生まれる。
 第二に「元旦の国立競技場を満員にする特別委員会」を編成して、決勝戦の観客動員のために専門のプロジェクトを組んでもらいたい。首都圏の人口とサッカーの登録競技者数からみても、実数4万人くらいは天皇杯決勝に集められなければ、協会の恥である。

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