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サッカーマガジン 1980年2月10日&25日号

時評 サッカージャーナル

プロサッカーの条件

プロのイメージ
 「80年代のサッカーを語る」という『サッカー・マガジン』の座談会でプロサッカーについて、しゃべったら、思いのほか多くの反響があった。
 「うちの息子が、サッカーばかりやってて、ちっとも勉強せんのだよ。遊んでばかりいると将来、食いっぱぐれるぞって言ったら、間もなく日本にも、プロサッカーができるからいいんだって言いやがる。本当にプロができるのかね」
 うーむ。プロサッカー待望論は考えている以上に、根強く広がっているようだ。
 だけど、学校の勉強はちゃんとやってもらいたいね。プロサッカーができたって、高給のとれる選手、人間は、ごくわずかなんだ。それに、プロになるんだから勉強しなくてもいい、という理屈はないぜ。
 「お前さんが、プロサッカーに賛成とは意外だったね。いつもプロ化の足を引っぱるようなことばかり言ってるじゃないか」
 こういう心外なことを言うヤツもいた。「日本のサッカーにプロを」というのは、ぼくの20年以上にわたる夢である。1960年代の終わりから、『サッカー・マガジン』誌上で何度も、この問題を取り上げてきたつもりだけど、意外にわかっちゃいないんだね。
 もっとも、プロ化についてのイメージが、ぼくとはかなり違う人もいて、そういう人たちには、なかなか理解してもらえない。
 チームに「ジャイアンツ」とか「ライオンズ」といったようなニックネームをつければ、たちまちプロができるような錯覚を起こしている人がいるとすれば(いるんじゃないかな)賛成しかねる。
 相手のファウルにかっとなって報復したり、ユニホームのシャツを引っばったりするのがプロらしいと思ってるんだったら、そんなプロには、ぼくは反対である。
 そういうことをすればプロになる、あるいはプロ化への起爆剤になる、と考えている人が、もしいるとすれば、はなはだしい見当違いだろう。
 座談会でも、しゃべったことだけど、サッカーのプロ化の条件は簡単である。
 @日本サッカー協会が、プロ選手の登録を認めること。
 Aホームチームが試合の入場料収入などをとるようにすること。
 この二つだけだ。
 もっとも、この二つは、日本のサッカーにプロフェッショナリズムを導入するための前提条件であって、こういう制度にすれば、たちまちプロができるというわけではない。
 日本にサッカーのプロが生まれるには、まず、「プロになろう」という選手がいなくてはならない。
 次に、そういう選手と「契約しよう」というチームが出てこなければならない。
 選手に給料を払うには、資金が必要である。そのためには「入場料を払おう」というファンが、たくさんいなければならない。
 したがって、いますぐプロが生まれるとは限らないのだが、それにしても、プロ選手の登録と入場料収入の自主管理という二つの前提条件がなければ、プロ化を考えることさえ不可能だ。
 しかも、この二つの前提条件は世界のたいていの国のサッカー協会で認めていることであって、日本でだけ認められないのは、まったく、おかしなことである。
 プロ選手を協会に登録させることは。国際サッカー連盟(FIFA)の憲章に明記してある。
 入場料収入をホームのクラブが管理するのは、プロだけでなく、世界のスポーツの常識である。

協会が前提条件を
 プロ選手の登録を認めることは実は、そうひと筋ナワでいかない点もある。というのは、日本体育協会のアマチュア規定が、ひどく常識はずれなもので、加盟競技団体(つまりサッカーの場合は、日本サッカー協会)は、アマチュア以外の選手を登録させては、いけない趣旨になっているからだ。
 もっとも最近では、日本庭球協会のプレーヤーズ制度を、体協でも認めるようになった。庭球のプレーヤーズ制度とは、各国庭球協会にプロを登録させる制度のことだから、サッカーのプロ選手登録も、いずれ認めるほかはなくなるだろう。もうひと押しである。
 「でも、そんなに、しち面倒くさいのなら、日本サッカー協会なんか脱退して、いっそのこと別にプロサッカー協会を結成すりゃいいじゃん」
 ぼくが、くどくど説明するのを聞いて、気の短い友人が、しびれをきらした。
 「ところが、そうはいかないんだな。サッカーでは、プロもアマも同じ組織で統制することになっていて、しかも一つの国には、一つの協会ということになってる」
 プロの別組織をつくったら、どうなるか、という前例は、アメリカにある。
 いまのアメリカのプロ・リーグNASL(北米サッカーリーグ)ができる前、1967年に、あるテレビ会社が3億円を提供して、アメリカのサッカー協会とは関係なしにNPSL(全米プロサッカーリーグ)を組織してイギリスの選手を引き抜きにかかった。
 アメリカの協会は、これを国際サッカー連盟(FIFA)に訴えたから、FIFAは、NPSLのチームと契約した選手を、片っぱしから無期限資格停止処分にしてしまった。
 そうすると、NPSLにはいった選手は、イギリスに戻ったら、もうどこのクラブにも、やとってもらえない。NPSLのチームは、仲間同士で試合をするだけで、一歩国外に出たら、どこも相手にしてくれない。
 一方、アメリカのサッカー協会は別に、USA(ユナイテッド・サッカー・アソシエーション)という公認のプロ組織をつくって対抗した。その結果、NPSLは、わずか1年でつぶれてしまった。
 「日本では、そういう混乱を起こしたくないから、協会がプロ化のための前提条件を、あらかじめ整えておいてほしいんだよ」
 これは、十年一日のごとき、ぼくの持論である。


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