ムルデカ大会での狙い
日韓戦を終えた日本代表チームは、ひき続いて、マレーシアのムルデカ大会に参加する。6月25日に出発、大会は8カ国が出場して、6月27日から7月15日までの予定である。
「暑い中での1日おきくらいの連戦で、10月のオリンピック予選も似たような形式になると思う。だから、そのリハーサルのつもりで、ムルデカ大会を戦いたい」
と下村監督は考えている。
ムルデカ大会には、韓国も参加するはずである。ここで再び、あいまみえるチャンスがあるかもしれない。そうなれば、ことし1勝1敗のあとを受けた決戦になる。
東南アジアで試合をするときには、地元やその近隣の国は、見違えるような強さを見せる。ジャパン・カップのときにインドネシアに4−0で勝ったからといって、東南アジア勢は組みしやすいと考えるのは間違いで、いずれも手ごわい相手になるだろう。
しかし、一戦一戦が違う相手との戦いだから、相手が照準をしぼって待ち構えていたソウルの日韓戦とは事情が違う。さまざまなタイプの相手との試合は、選手たちにとって良い経験になるだけでなく、初めて外国でのタイトルマッチに出場する下村−渡辺コンビにとっても、貴重な勉強になるはずだ。
ムルデカ大会のあとは、8月下旬にソ連遠征が計画されている。主としてシベリア地方のクラブチームが相手になる予定で、ソ連の中でのトップクラスと戦うわけではないが、オリンピック予選の相手には、オーストラリアがはいってくる可能性があるから「大きなやつとの試合を試しておきたい」という狙いである。
このような。日本代表チームの強化プランに対して、日韓戦の意外な大敗は、どのような影響を及ぼすだろうか。
2月にチームを引き受けたときから、下村−渡辺コンビのチームづくりの構想は、一貫していた。
第一に、10月のオリンピック予選にマトをしぼって、その時点で最大の戦力になるチームをつくることである。なぜならば、現在の日本のサッカーには、その先のことまで考える余裕はないからである。
第二は、闘争心の強いチームをつくることである。個人の能力を短期間に伸ばして外国との差を縮めることはむずかしいから、その差は、まず気力で埋めなければならない。戦う意欲の強い選手が、まず必要だというわけだ。
第三には、まず守りを固めて、攻めは逆襲を狙うチームをつくることである。そのために、守備ラインは、いまの日本代表選手の中で、もっともテクニックとインテリジェンスのある落合を軸にまとめ、中盤には、センスよりも、がんばりのある選手を配置する。前線の両翼には、ボールをもって単独で抜いていける選手を選んで、逆襲のチャンスの幅を広くする。中村や木村のようなテクニシャンが、下村全日本になってからウイングに起用されはじめたのは、そのためである。これは、もちろん、理想のチームづくりではない。
テクニックとセンスのある選手を集め、体力と闘争意欲をつけ加え、攻撃と守備のバランスがとれたオールラウンドなチームを編成できれば、それにこしたことはない。
しかし、現在の日本のサッカーで、それは「ないものねだり」である。オリンピック予選がさし迫っている以上、2月以来の構想に徹して、それをやり抜く以外にはない。ムルデカ大会では、ソウルの日韓戦では、やりそこなった「守りの徹底」を、もう1度チェックすべきではないだろうか。
残された一つの方法
このような下村全日本の構想が、すべてうまく進んだとしても、日本がモスクワ・オリンピックの出場権をつかむ可能性は、いいところ三分ぐらいのように思われる。口先で「必勝の信念」や「気力の勝利」も説くことはやさしいが、サッカーの世界は、それほど甘くはない。日本以外のどこの国でも、サッカーは、その国のナショナル・スポーツであり、どの国の国民も「わが国のサッカーがアジアでナンバーワン」と信じている。その中で、基本的な技術の差を、気持だけで埋めることはできない。
それでもなお、三分の可能性を少しでも広げる方法が残されていないわけではない。その一つは、たとえば、9月に始まる予定の日本リーグ後期から、日本代表選手をはずしてしまうことである。外国との差、特に韓国との差を、さし当たって埋める唯一の方法が、韓国よりも、よい準備をし、体力と気力のもとになるエネルギーを貯え、チームワークを磨きあげることであるのなら、下村全日本はその時間をつくってほしいだろうと思う。
下村監督が、もし望むのであれば、日本代表選手を9月〜10月の期間も、各チームから解放して、オリンピック予選の準備に専念させては、どうだろうか。
断っておきたいが、ぼく自身は、原則的には、そういうやり方に賛成しない。オリンピック至上主義は間違っているし、モスクワに行けなければ日本のサッカーが、ダメになってしまうというようなことは、ないと信じている。
日本のサッカーのレベルをあげるためには、日本のサッカーの組織と体質を変えることが先決であり、代表チームの目先の強化は、副作用の多い応急処置にすぎない。代表チーム強化のために、国内のサッカーをないがしろにしたら、長い目でみて元も子も失うことにもなり兼ねない。
だが、モスクワ予選のために、あらゆる犠牲を惜しまない覚悟でいるのなら、9月〜10月に代表チームの選手を、予選の準備に専念させることは、真剣に考えられていい。
この1カ月あまりのプラス・アルファがあれば、下村全日本は、これまでの基本構想に、もう少し、何かをつけ加えることが、できるはずである。
たとえば、守りに重点を置くにしても、相手に主導権を奪われっぱなしで、攻めつけられていては、耐えられる限度がある。こちらがボールを支配する時間を、もっと長くする方法がないものだろうか。
ウイングからの突破と、守備ラインからの落合の攻め上がりのほかに、もう一つ、中盤から組み立てる有効な手段を工夫できないものだろうか。
ソウルの日韓戦に完敗して、下村監督や選手たちが、どの程度のショックを受けたかは、知らない。しかし、上りかけた階段から、再び下へ突き落とされたような感じを、ぼくたちは受ける。
これは、下村全日本の緊急事態である。緊急事態には、多少の副作用があっても、応急の対策が必要ではないだろうか。
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