札幌大旋風の秘密
1、2回戦では、札幌大の活躍が話題だった。札幌大は1回戦で新日鉄を3−1で破り、2回戦では読売クラブに2−0で勝った。地方大学の1チームが日本リーグ1部チームに勝っただけでもびっくりするのに、それを2度続けたのだから、これはただごとでない。
札幌大の最初の2試合は。名古屋の瑞穂グラウンドで行われた。ぼくは札幌大の起こした番狂わせを自分の目で見ることはできなかったが、初日は、それほど驚きはしなかった。
1回戦で強いチームがケガ負けするのは不思議でない。弱いチームは、1回戦にすべてを賭けて捨て身でぶつかってくるが、受けて立つほうは、勝ち進んだ先のことまで考えなければならないし、相手がどんなチームか、まったく見当もつかないからである。
だが、2日目に読売クラブもやられたのには驚いた。読売クラブは前日、同じグラウンドで試合をしているから、札幌大がどんなサッカーをするか見る機会があったはずである。
それでいて対処できなかったのは、日本リーグ1部チームとしては大失態だといわなければならないが、札幌大のほうも「何か」を持っているにちがいないとぼくは考えた。
札幌大はベスト8に残って、準々決勝では日本リーグ1位の三菱と当たった。12月27日、西が丘サッカー場である。結果は5−0で札幌大の完敗だったが、この試合を見て、札幌大旋風の秘密がある程度はわかったような気がした。
札幌大がやってみせたのは「集中守備」によるサッカーである。これは考え方としては1974年のワールドカップで、オランダのリヌス・ミケルス監督がやった「ボール狩り」のサッカーと似ている。
相手がボールをとると、ボールをもっている選手のところに人数を集めて、局地的に数的優位をつくり出して守る。1人が相手に体を寄せてボールを奪いにゆき、2、3人がそれを取り囲んで。こぼれ球を狙っている。
これは1人が抜かれたら、もう1人がカバーして当たるというのではない。1対1では技術に差がありすぎるので、そういうやり方をしたら1人ずつ順番に抜かれてしまう。
そこでボールをもっている相手を取り囲む2、3人は、ぐっと間合いをつめて、相手に非常に狭いスペースしか与えないようにして、その中で勝負させようとする。
「北海道の長い雪のシーズンの間にもやれるように、室内のサロン・フットボールに力を入れているので、狭いスペースでの局地的な争いには、強くなっている」と、柴田勗副部長が話していた。柴田氏は、前の年まで監督として札幌大を育てた人だ。ブラジルへ行って留学生を連れて帰ったり、北海道で室内のサッカーを普及して少年たちを育てようと考えたり、異色の努力をしているので知られている。監督の座は、北海道内で10連覇したのを機に、協力者だった福江正行コーチに、このシーズンから譲った。
「1回戦の新日鉄は、ゾーンをせばめていくと、けってくれた。リターンパスから前へ送り出すのが読めて、ボールをとって逆襲するチャンスが多かった」と柴田副部長はいう。2回戦の読売クラブは、おそらく個人技の得意なジャイロや与那城が、1人で抜いて出ようとしては、取り囲んだ相手にひっかかったのだろう。タイプの違う日本リーグの2チームを、たて続けに破ったようすが、だいたい想像できた。
だが、ボールのある地点に人数を集中して守ろうとすると、当然、ボールから遠い地域では人数が足りなくなる。その欠陥を補うために使ったのが、オフサイド・トラップだ。バックラインを浅くあげて、その後方の地域に攻め込もうとすれば、オフサイドになるようにする方法である。三菱も、これによくひっかかり、ラインズマンは旗をあげるのが、いやになるほどだった。
しかし、局地守備をかわされ、うまく逆サイドにボールを振られ、それがオフサイドにならなかったら、まったく無防備になる。またオフサイド・トラップが失敗した場合、相手のフォワードの足が速く、こちらのバックの足が遅いと、手の打ちようがない。
三菱が札幌大からあげた前半の2点は、局地集中守備のこの欠陥をついた典型的なものだった。
前半15分の1点目は、左サイドで高原と尾崎がすばやく短いパスをして、集中守備をかわし、大きく逆サイドに振ってフリーの永尾が決めたもの、30分の2点目は、中盤で加藤−尾崎のパスがオフサイド・トラップを破り、尾崎がドリブルで独走したものだった。
早いパスとオープンスペースへの走り込みが得意な三菱のサッカーは、札幌大の欠陥をつくのに、ぴったりだったといえるだろう。もともと力には大きな差があるのだから、前半に2−0となっては、札幌大にチャンスはなかった。
善戦した早大の限界
札幌大との試合のあとで、三菱のあるベテラン選手が「札幌大よりは早大のほうがはるかに上ですよ。早稲田ががんばったのは闘志だけではない。サッカーのやり方を、ちゃんと知ってますよ」と話していたそうだ。この評価は正確である。たしかに早大のほうが札幌大よりレベルは高く、三菱にとっても手ごわい相手だった。しかし、正確であることが必ずしも適切であるとはいえないので、ぼくは新しい試みに果敢にトライした札幌大の冒険のほうを高く評価したい。
大学チャンピオンの早稲田大学は、1、2回戦を岐阜で戦い、1回戦ではトヨタ自工に1−0で勝ち、2回戦で三菱に1−3で敗れた。三菱との試合は、点差は開いたけれども、内容はなかなかスリルに富んだものだった。三菱がコーナーキックのチャンスを生かして2点を先取したあと早大が反撃、前半34分に1点を返して、それから後半の25分までは、早大のほうに、いいチャンスがずっと多かった。野見山、宮成、植田、島崎など、日本代表クラスではない4年生の主力が、学生生活の最後を飾ろうと全力を尽くして守り逆襲を試みたのは立派だった。
ぼくのノートをみると、早大が1点差に迫ったあと、三菱が3点目をあげる後半29分までの約40分間に三菱のチャンスは1度しかメモしてないが、早大のほうは8度ある。
特に惜しかったのは、後半21分に絶好のチャンスを審判の笛で逃した場面だった。
早大の攻めで、中盤左サイドからのクロスボールが、ゴール右寄りに渡った。早大の原が受けようとするところに、ゴールキーパーが飛び出してきたが、ボールは原から、外側にいる野見山に渡った。ゴールキーパーはさらに野見山のところに向かい、ドリブルしようとするところにもつれる。野見山はよろめいたが、ボールは縦にこぼれ、原はフリーでリターンを受ける形になった。
ところが、ここで主審はホイッスルを吹いて、間接フリーキックを早大に与えた。そのため、原はゴールキーパーの飛び出したあとのがらあきのゴールに、同点シュートを決めるチャンスを逃してしまった。
記者席から見ているのとフィールド内で笛を吹いているのでは立場が違う。したがって、ぼくの見たのが絶対に確かだといいはるつもりはないし、審判の不手ぎわだと責めるつもりもないのだが、これはアドバンテージを見てプレーを流してもいい場面だったと思う。主審はオブストラクションをとったのだろう。野見山は、足をとられて倒れたが、トリッピングならPKのはずである。
三菱は後半29分に、3点目をあげて勝負を決めた。中盤センターサークル近くから加藤が縦パスを出し、ゴール前で受けた尾崎のふりむきざまのシュートが決まった。
これは三菱の得意な形の見事なゴールで、それ自体は文句のないものだったが、中盤で加藤がボールをとったとき、主審が加藤の前面に立ちふさがり、マークしていた早大の選手をスクリーンした形になった。そのために加藤がフリーになり、守っている早大の側からみれば、加藤が主審の陰から出てきて、ゴール前へ縦パスを送ったようになった。
これも主審の不手ぎわだというつもりではない。ただ、ぼくの目にはそう見えたというだけである。
しかし、三菱のほうには、審判のためにトクをすることもあるんだということを知ってほしいと思う。
というのは、準決勝の古河との試合で、延長前半5分のコーナーキックからのゴールをオフサイドにとられたとき、三菱の横山監督が血相をかえてベンチから飛び出し、審判員につめ寄ろうとしたのを見たからである。予備審判員がタッチラインぎわで抱きかかえるようにして止めたから大きなトラブルにはならなかったが、一つ一つのケースについて審判に抗議するのは、ルール違反だし、無益である。審判のためにトクをすることもある。そういうことを忘れて、自分がソンだと思ったときだけ血相を変えるのは、やんちゃな子供同然だと思う。
さて、話を早大のほうに戻そう。
早大は、相手バックの裏側に、大きくボールをあげて走り込むサッカーをした。1回戦でトヨタ自工に勝ったあと、早大の堀江監督は「いまの日本のサッカーが相手なら、このやり方でも十分に勝つことができますよ。テレビでやっているようなワールドカップ・レベルのサッカーには通用しないが、日本リーグの1部チームはもちろん、全日本に対しても通じますよ」と話していた。
堀江監督は、ベルリン・オリンピックのころの名選手で、経済学者としても有名な早大教授である。
そういう偉い方のご意見ではあるが、にわかに賛成はできない。
この早稲田式のサッカーが、いまの早大の選手たちには、もっとも向いているというのなら話は別だけれども、日本リーグの1部上位にはいって、そのまま通用するとは、とても信じられない。
この手のサッカーでは、同程度のレベルの相手からは、幸運に恵まれて2点とれればせいぜいだと思う。日本リーグ2部下位に低迷しているトヨタ自工から1点しかとれなかったのは、その証拠である。
そういうわけで、ぼくは早稲田の選手たちの学生らしい闘志には心から拍手を送るけれども、サッカーのやり方には、あまり感銘は受けなかった。むしろ札幌大のサッカーのほうに注目したいと思うわけである。
1、2回戦で、結局札幌大以外は大学勢はいいところを出せなかった。日立−法大が延長戦にもちこまれたのが目立った程度である。ベスト4は、これで9年連続して日本リーグ1部チームの独占になった。
三菱の3冠、若い新人の活躍、札幌大旋風など話題の多い天皇杯ではあったけれど、試合のレベルは変わりばえしない、というよりも、このシーズンの日本のサッカーを象徴するような低調なものだったようにも思う。メキシコ銅メダル組の横山監督や森コーチ、小城監督がそのへんを自覚して、新しいチームづくりに才能を発揮してほしいものである。
|