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サッカーマガジン 1977年7月25日号

「欧州遠征」」で新人・若手をどう鍛えるのか
釜本抜きで再スタートした二宮・全日本    
 (2/2)   

再出発の欧州キャンプ
――個人の魅力を加えたい――

 かりにモスクワ・オリンピック予選が、1979年の後半にあるとすれば、二宮監督にはチームづくりの機会が4回ある。 
 まず、いま行っているヨーロッパ遠征、ついで来年の春の終わりから夏にかけてのオフシーズン、このときには、できればムルデカ大会に行きたいという。そして12月にバンコクでアジア大会があるはずだ。予選の年にも春か夏に一度は全日本のキャンプを張る機会があるだろう。 
 これだけの時間があれば、万全とはいえないまでも、現在の戦力の範囲内で、手だてをつくして準備する余裕はある。その第一歩が今年の2カ月にわたるヨーロッパ・キャンプである。 
 ヨーロッパ・キャンプのスケジュールは、すでに紹介されているとおりだ。 
 6月中はデュイスブルクとカールスルーエのスポルトシューレ(トレーニング・センター)で合宿する。7月には西ドイツのブンデスリーガの一流プロチームの合宿に、選手をグループに分けて、それぞれ10日ぐらいずつ参加させてもらう。ボルシア・メンヘングラッドバッハや1FCケルン、それにハンブルクなど、これまで来日したことのあるクラブから受け入れOKが出ている。8月にはヨーロッパ各国をまわって試合をして、8月20日過ぎに帰国の予定である。 
 このユニークなヨーロッパ・キャンプで二宮監督がねらっているのは「個人の強化」だ。 
 「一人ひとりのプレーヤーに、個人としての魅力をつけたい。これは日本のサッカーでは置き去りにされていた部分だから」 
 二宮監督は、こう話していた。 
 この二宮監督の考えを、まどろっこしく思う人もいるにちがいない。 
 世界のサッカーの傾向は、スピードと激しさである。いまの代表チームは、ヨーロッパにくらべて、また韓国チームにくらべても、スピードと激しさの点で見劣りしているじゃあないか。だから、もっとスピードと激しさを追求することに重点を置くべきである。それをいまごろ「個人の魅力」だとかなんとか、気の遠くなるような話を――。
 こんな意見が耳もとで、がんがん鳴るような気がする。 
 「だけどカーブをまがり切るだけの技術がないのに、100キロのスピードを出して突っ走るのは、どうかと思いますよ」 
 と二宮監督は自動車の運転にたとえて話をしてくれた。 
 「自分たちの能力を超えて、いきなりスピードをあげることはできない。オートレーサーだって、そうだと思う。高度な運転技術を駆使して、時にはスローダウンしながら高いスピードでコーナーをまわるんだと思いますよ」 
 金田、高橋、横山など新しい顔ぶれをワクにはめこむような練習は避けて、本人のアイデアを生かして、のびのびと自由にやらせ、時間をかけて能力を上積みさせてやりたい。いきなり過大な期待をかけたり、逆にその反動で欠点をあげつらって、きびしい批判を浴びせたりしないようにしたい。こういうような考えである。  
 スピードや激しさは必要ない、という考えではない。17歳の高橋が100メートル11秒台の足を買われて加えられたように「速さ」を出せる素材は重要視されている。 
 しかし、日本のサッカーが劣っているのはスピードと激しさだけではないのだ。個人の能力の点でも、また戦術的なイマジネーションの貧しさの点でも、ヨーロッパのレベルにはほど遠いのだ。そういう要素全部を含めてチームのレベルを底上げするには、一人ひとりの個性がはみ出しているのを切り取ってチームの形をつくるのではなく、まず奔放に個性を伸ばして、能力いっぱいの個人プレーができるようにしてやらなくてはならない。 
 「個人の魅力を加えること」というヨーロッパ・キャンプの目標は、そういう意味である。 
 これは、モスクワ予選までに4回あるチャンスの最初のステップである。多くのことをやらなければならない中で、最初にやらなければならないこと――それが個人の能力の開発であるのは当然である。

バイスバイラーの特訓 
――改善できるポイントは多い――

 1FCケルンとの第2戦のあと、6月7日にケルンのバイスバイラー監督が、日本代表チームの練習を特別指導した。場所は東京・上石神井の日銀グラウンド。両フルバックのコノプカとハインがいっしょにきた。 
 「日本チームは、守備の組職力はたいへんいい。中盤をつくる力もできてきた。しかし最大の弱点はフィニッシュである」 
 バイスバイラー監督は、9年前から三菱のチームを指導し、二宮監督とは師弟の間柄である。だから日本のサッカーの欠点は、十分に知っている。 
 「日本の選手は理解が早い。技術も悪くない。だが、ゴール前で得点への意欲に欠けるように見える」 
 バイスバイラー監督の特訓は、内容が濃かった。具体的だった。たとえば次のようなことがあった。 
 @得点へ気持を集中し、自分でゴールをあげようという意欲を持て。
 Aシュートはフルパワーで。ボールにはリラックスして寄り、ける瞬間に全力を。 
 Bシュートにはいる前のトラップやドリブルでボールが足もとにはいりすぎている。動きをともなったトラップで、最後の球出しを大きくし走り込んでシュート。 
 Cシュートにねらいを持て。ゴールの枠に漠然とけってはいけない。キーパーを見て、ねらってシュートする習慣を。 
 Dシュートのときに、ゴールへ正面を向いてはいりすぎている。したがってインステップキックのシュートばかりだ。ゴールヘ一直線にはいってくれば、ゴールキーパーは飛び出して角度を狭くして守る。だから得点になりにくい。角度をつけてゴール前にはいり、アウトサイドやインフロントを使ってカーブをかけたシュートもやれ。 
 コノプカとハインが日本選手の中に加わって、いっしょに練習をした。 
 ちょっとやっただけで、日本の選手も、目にみえてボールがゴールへはいるようになった。若い選手ののみ込みは、目立って早かった。 
 バイスバイラー監督は、シュートの技術以外にも、いろいろなアドバイスを残している。 
 たとえばセンタリングである。
  「センタリングもシュートと同じようにフルパワーで直線的にけったほうがよい場合が多い。高くあげたボールは、ほとんどゴールキーパーにとられると思わなければならない。高さ2メートルくらいのライナーでゴール前を通せば、キーパーにねらわれずに、味方の3人か4人に飛び込むチャンスができる」 
 これはケルンが、日本の試合でもやっていたプレーである。 
 「ダプルパス(壁パス)にも改善の余地がある。10メートル以上も離れた2人の間で壁パスをやると相手の守備に読まれやすい。逆に2〜3メートルの距離ですばやくパスして抜けるには、かなり高度な精密さが必要になってくる。成功率の高いのは5〜6メートルの距離である。壁パスを試みる前に、5〜6メートルの距離でパスをかわせるような状態をつくり出す動きを工夫しなくてはならない」 
 バイスバイラー監督の話をきいていると、日本のプレーヤーには、基本的な技術や戦術の能力でも、改善すべきポイントがたくさんあることがわかる。ナショナル・チームとしては情けないことのようではあるが。一方、まだ、これから伸びる余地が多くて楽しみだ、ということもできる。 
 プロの盛んなヨーロッパや南米の国では、18〜19歳の若い選手が、目のくらむような個性的な才能をみせつけながら登場してくる。そして多くの試合を経験しながら円熟し、激しさに耐え、幅の広さを身につける。 
 それと比較すれば、金田や横山や高橋の登場ぶりは、スケールが小さくて頼りない。釜本の大きな穴を、とても埋めきれないことは明らかである。 
 しかし、一筋の小さな光であっても、これは夜明けの前の、希望のもてる光であってほしい。ただ、太陽が昇れば夜はひとりでに明けるけれども、日本のサッカーの未来は努力なしには開けない。2カ月のヨーロッパ・キャンプの間に、一人ひとりの努力で一筋の光を集めて、夜明け前の薄明かりぐらいにはしてほしい。

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