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サッカーマガジン 1992年12月19日号

アジアカップ総評
日本サッカーに新しい夜明けが訪れた!
                              (3/3)    

準決勝、決勝
苦境をはね返しての栄冠

 中国との準決勝は、思いがけない二転三転のドラマとなった。
 試合が始まって35秒、立ち上がりの虚をついて中国が先取点を奪い、後半に日本が逆転する。
 日本のゴールキーパーの松永が、激しく飛び込んだ中国の選手のプレーにかっとなり、倒れている相手を足で蹴りつけてレッドカードで退場になる。
 やむなく中盤の北沢との交代で出した若手の前川は、久しく実戦から遠ざかっていたうえ、突然の出番でミスをして、再び同点となる。
 後半30分、オフト監督は、この大会で初めて高木を引っ込めて中山で勝負に出る。それが的中して、44分に中山のヘディングで決勝点。
 めまぐるしいハプニングの連続のような興奮の試合だった。勝負は幸運の女神の気まぐれで決まったようでもあるが、オフト監督の用兵は、またも的中した。
 一方、中国には、直接の敗因とはいえないにしても運命を左右した要素が、チーム作りの中にあったのではないだろうか。
 中国は広い国で、地方によってサッカーのスタイルにも大きな違いがある。今回のチームは、南方系の足技が巧みな広東省の選手が主力になっているという。しかし、6月からチームを引き受けたドイツのシュラップナー監督は、ドイツふうのサッカーで個人技の得意な選手たちの持ち味を殺しているところがあった。
 パスアンドゴーで速攻を急ぎすぎた試合もあったし、もっとも技術のある謝育新に代えて身長1メートル91の蔡晟を出し、ゴール前への高い球で決着を図ろうとした試合もあった。いろいろな可能性を秘めた、いろいろなサッカーを持つ国だけに、ナショナルチームをまとめるのが、かえって難しいのかもしれない。
 もう一つの準決勝では、サウジアラビアがUAEを2−0で破った。守備固めからの逆襲速攻で、いい試合をしてきたUAEが、リードされたあと、どんな攻めをみせるか注目したが、単調な放り込みばかりで、これは期待はずれだった。
 決勝戦――。
 日本はゴールキーパーの松永が前の試合の退場で出場停止、中盤の底の森保も前の試合に2回目の警告を受けて出場停止だった。
森保は、日本がここまで勝ち進んだ大きな要因になっていた殊勲者だったから、大事な決勝戦に使えないのは痛かった。オフト監督はこの中盤の守備的役割を、ラモスを下げて任せることにした。
 この決断は的確だった。オフト監督は、守備ラインをあげて、プレーする地域をコンパクトにして戦う戦法をとってきている。
 押し上げている守備ラインの前面で、ラモスは敵の攻撃をチェックする守備的な役割を果たすとともに、中盤で早いパスを回す攻撃の起点にもなった。
 前半36分に左の三浦からのパスを受けて高木がゴール。この1点を、日本はその後も積極的に攻め続けることによって守った。
 サウジアラビアは、攻守のバランスのとれているいいチームだった。中心になっていたのは黒人選手、若いゲームメーカーのアルムワリードからのパスで、素早い突破力をもつファラータとオワイランが走った。勝ち進むにつれて調子をあげ、大会の戦い方を心得ていた。
 3連覇を逃したのが、よほど悔しかったのだろう。ブラジル人のローサ・マルティンス監督は、試合後の記者会見に現れなかった。

成果と課題
未来示した戦術能力強化
 日本代表チームが、ここへ来て突然、生まれ変わったように強くなったのが、ハンス・オフト監督の手腕によるものであることは明らかだ。
 各国の7人の外人コーチの中で、オフト監督だけが国際的には、まったく知られていないコーチである。その中で、鮮やかに優勝を勝ちとったのだから、このタイトルはオフト監督にとっても大きな勲章になったに違いない。
 「日本の選手は、技術も、体力、精神力もアジアの中ではトップクラスだ」
 オフト監督は、日本代表の監督を引き受けたとき、こう言っていた。 
 日本の選手たちは、大柄な西アジアの選手たちとの競り合いに負けなかったし、激しい東アジアの選手たちのつぶしも、はねかえしていた。日本の選手が、タイトルをかけた厳しい試合の中で、しっかりボールを扱う技術を身につけていることを、今回のアジアカップのおかげで、ぼくたちは、はっきり見ることが出来た。
 オフト監督は、そういう能力を持った選手を選んだ。都並や勝矢を復帰させ、森保や高木や中山を起用した。
 そのうえで、日本の選手たちに欠けていると思ったものを特訓した。それは個人の戦術能力である。
 「それは一つの基本的なことじゃない。たくさんの小さなことの積み重ねなんだ」とオフト監督はいう。
 味方がボールを持ったとき、その味方を見る。目と目が合えば、次のプレーが理解できる。それによって、すばやく次の行動を選択する。そういう小さなことが百以上ある。それを積み上げ、頭の回転を早くしボールを早く動かすことを強調した。
 そういう基礎のうえに「コンパクトなサッカー」の作戦があったし、選手交代の的中などの用兵の成功があった。
 この大会で日本が他の国に優っていたのは、基礎的には、そういう個人の戦術能力だった。それによって、アジアのタイトルをとることが出来た。これまでの日本のサッカーの弱点だった個人の戦術能力が、実は日本のサッカーの将来を秘めた部分だった。それを証明してみせたことが、今回のアジアカップの、もっとも大きな成果だった。
 しかし、日本はまだ本当にアジアのトップに立ったとはいえない。
 今回の優勝には、地元の利があった。言葉や食事に不自由がないから精神的にのびのびと振る舞うことが出来て、それが最後まで集中力が途切れなかった原因になった。
 相手は敵地での試合だから、守備的な試合をした。したがって、今回の大会では敵の捨身の総攻撃をまともに浴びる場面は、少なかった。
 来年のワールドカップ予選をはじめ、今後の試合では、日本が敵地で守りに回る試合も多くなるだろう。そういう試合を、しのぐことが出来るかどうか。それは、これからの課題である。

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