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サッカーマガジン 1988年9月号

コパ・アメリカを見て
ブラジル、40年ぶり優勝!
イタリアめざす戦法とは?        (2/2)    

ブラジルの選手起用
 開幕試合からのブラジルの選手起用を見てみると、ラザローニ監督の苦心が分かる。
 ラザローニ監督の使える手駒には、二つのグループがあった。
 一つは前回のワールドカップですでに活躍している既成のスターたちである。イタリアのナポリに行っているカレッカはその代表だった。このグループの選手たちには、欧州のリーグで疲れ果てているという問題があり、ケガも多かった。カレッカは、開幕直前にチームから外れたが、これは、コパ・アメリカでは無理をさせずに、ワールドカップ予選に温存しようという考えだったのだろう。
 もう一つは、前年のソウル・オリンピック代表を含む25歳以下の若手グループである。ウルグアイとの試合の決勝点に絡んだマジーニョ、ベベット、ロマーリオは、若手グループだ。このグループの選手たちも、多くは欧州帰りだが、若いだけに疲れは少なかった。それに伸び盛りだから、できるだけ試合経験を積ませたいところである。
 予選リーグでは、ブラジルの選手起用は、取っかえ引っかえという感じである。(表)  16日間にほとんど1日おきの連戦をすることを考えて疲れている選手を休ませ、若手をテストする狙いだったのかもしれない。
 しかし、ラザローニ監督は、開幕の前から、すでに若手グループを主力にと考えていたのではないかという気もする。7月1日の開幕試合、ベネズエラとの対戦に、最終試合の決勝点に絡んだマジーニョ、ベベット、ロマーリオの若手3人は、そろって先発している。
 優勝を望んで16日間を見通して戦う場合、第1戦は手を緩められない試合である。その第1戦に若手を起用したのは、チームの主力に期待したからではないだろうか。
 しかし、ベベットは第1戦の途中で、30歳のベテラン、バウタザールと交代させられた。開始2分にペナルティーエリア外からのロングシュートで1点目をあげ、さらに35分には独走ドリブルでゴールキーパーの反則を誘って2点目のPKを得ているにもかかわらずである。そして第3戦では先発から外れている。
 マジーニョは、第1戦はフル出場だったが、第2戦はアレモンとかわり、第3戦も先発からはずれた。ロマーリオは第2戦の途中でレナトと交代し、第3戦には出なかった。
 3人が中途半端に使われた第2戦の対ペルー、第3戦の対コロンビアは、どちらも0−0の引き分けである。
 第4戦からは先発メンバーは不動になった。つまり、若手主体である。
 パラグアイに2−0、決勝リーグでアルゼンチンに2−0、パラグアイに3−0、そしてウルグアイに1−0。優勝は若手の力だった。

小粒なダイヤの輝き
 「今回のブラジルには中盤に光輝くスーパースターがいない」
 という声があった。 
 スーパースターを求める人たちが思い浮かべているのは、ペレであり、ジーコである。
 確かに、いまのブラジルには、特別に大きく輝く星はない。すべてのボールを自分に集め、味方を動かし、そして最後には自分自身がゴール前の花道に登場する選手はいない。
 しかし、今回のブラジルは、かつての黄金時代のブラジルとは違うけれども、やはり光輝くチームだった。大きく輝く星はいないが、きらめく小粒のダイヤモンドが組み合わされて、全体として輝いていた。少なくとも、ラザローニ監督は、そういうチームに磨きあげようとしていた。
 開幕のベネズエラとの試合のとき、すでにチームは光り始めていた。予選リーグでのブラジルの試合ぶりは、かなり悪口を言われていたが、第1戦のとき、すでにブラジルの多彩な攻めの可能性を見た人はいるはずである。
 ブラジルの攻めで、もっとも特徴的だったのは、両サイドのディフェンダーの攻め上がりである。右のマジーニョ、左のブランコは、サイドバックであると同時に、ウイング・フォワードだった。 
 こういう布陣は欧州でも中南米でも、この10年ほどの間に、あちこちで試みられてはいるが、今回のブラジルは徹底して組織的にそして効果的に、この布陣を使っていた。(図2)
 ベネズエラとの試合の1点目と3点目は、この形で、左のブランコの攻め上がりから生まれた。 
 第2戦以降には右から進出するマジーニョの絡んだゴールが5点あった。ブラジルがあげた11点のうち半分以上が両サイドの攻め上がりから生まれたものだった。 
 つばめのように身を翻しながら、すばやく前線に進出するマジーニョとブランコに対し、後方からフィールドを斜めに横切る矢のようなパスが出た。そのパスは主として第2戦以降はドゥンガが出した。 
 中盤の組み立てでは、23歳のシーラスが光っていた。第1戦では、キックオフ10分に負傷退場したベテランのチッタに代わって登場したのだが、登場した途端にブラジルの攻めに変化が多くなった。浮き球のパスを足を上げてすばやくさばきながら、常に敵味方の動きを見ていて、すぐに次のパスを出した。そして6ゴールをあげたベベットと3ゴールのロマーリオ。ゴール前でチャンスにすばやく反応するのは、獲物に飛びつく「はやぶさ」のようだった。 
 今回のブラジルは、若い選手たちが、自分自身の判断で生き生きと働いた。小粒ではあっても自分自身の輝きを持ち、その組み合わせでゴールを生み出していた。 

5−3−2の布陣?
 地元のジャーナリズムは、今回のブラジルの布陣を5−3−2と呼んでいた。 
 守備ラインは、27歳のマウロ・ガウボンが守りの軸でリベロの役割である。その前に4人が激しくマークしていて、ディフェンダーは合計5人という考え方だ。 
 ブラジルの伝統的な守りは、4人のディフェンダーが互いにカバーし合いながらゾーンで守り、その守備ラインの前で中盤の最後尾(底)のプレーヤーが、守りをチェックするやり方である。 
 そういうようにみると、今回のブラジルの守りは、伝統を打ち壊す大きな変革のように思える。 
 しかし、実際に試合を見て、これは正しい見方ではないことが分かった。 
 守備ラインの中央のマウロ・ガウボンとリカルドは、流動的にカバーし合いながら、ゴール正面を守っている。 
 アウダイールは守備ラインの前に出ていることが多いが、右のマジーニョが前線へ出る後を埋めるために下がって来る。ブランコの進出した後はリカルドがカバーする。 
 こういうふうに見ると、守備ラインの横の幅は基本的には4人でカバーしているわけで、5人の守備ラインという表現は必ずしも当たっていない。また全体的には非常に流動的にカバーし合いながら守るから「ゾーンの守り」といった方がいい。アルゼンチンが、ブラウンをリベロにマンツーマンで守っているのとは対照的だった。ブラジルの守りには、伝統のスタイルが生きていた。 
 守りについていえば、いま欧州で流行している「集中守備」の影響を、大会の前半、予選リーグの試合では、見ることが出来た。 
 守備ラインを上げ、フォワードは下がってきて、中盤の狭い地域に人数を集め、ボールをキープしている敵を、3人がかり4人がかりで取り囲み、ボールを奪い取ろうとする守り方である。予選リーグの試合では、ブラジルもときとして、そういう守りを試みているように見えた。 
 しかし、決勝リーグにはいってからは、特別に「集中守備」を試みているチームはなかった。 
 「集中守備」では守る側の労働量が多くなる。厳しくマークしても、らくらくとボールを扱うレベルの選手たちを追いかけ回してプレッシャーをかけ続けていては、息が続かなくなるのではないか。今回のように、ほとんど1日置きに、2週間以上にわたって試合が行われる場合は、なおさらである。 
 ブラジルの失点は、開幕試合の1点だけだった。ベネズエラに点を取られたのは1968年以来だと話題になったが、この失点は3−0とリードした後で、気の緩みである。

アルゼンチンとの対決
 ブラジルのラザローニ監督は、予選リーグでは、選手を入れ替えながら若手をテストし最終的には若手中心のチームを育てた。
 もっとも厳しい試合だった最後のウルグアイ戦では、その狙い通りに育った若手選手のコンビネーションから決勝点が生まれた。そういうことを考えると、あの決勝点は、ラザローニ監督にとって会心のゴールであり、今回のブラジルを象徴するゴールだったということが出来る。
 現在のブラジルにはかつてのペレやジーコのような「チームの王様」はいない。しかし、若い選手がそれぞれ、すばやくボールを処理しながら周囲の状況を見る目を持っている。そういう選手たちの戦術能力とテクニックを組み合わせて、スピードと変化を作り出し、全体が光輝くチームにしたいとラザローニ監督は考えたのだと思う。
 アルゼンチンの戦いぶりは、これと対照的だった。ビラルド監督は3年前のワールドカップ優勝のメンバーを主力に終始マラドーナを先頭に押し立てて戦った。ナポリに所属しているマラドーナは、イタリア・カップの決勝戦を終わってすぐ駆けつけ疲れきっていたが、ビラルド監督は、あくまでもマラドーナにボールを集めて攻める戦法を変えなかった。
 アルゼンチンは前回の優勝チームだから、ワールドカップは予選免除である。ビラルド監督は、欧州から帰ったスターたちが疲れていても、南米予選のために休ませる必要はなかった。観客はアルゼンチンにワールドカップ優勝チームのイメージも求めているから、それに答えて、むしろ、スターたちを使わざるを得なかった。マラドーナは、疲れで動けなかったが、技術と戦術能力は抜群だった。来年のワールドカップではアルゼンチンは、やはりマラドーナを中心に戦うことになるだろう。そうであれば、ここでもマラドーナ中心の方針を貫いておく方がいいと考えたのかも知れない。
 7月12日、決勝リーグ初日のブラジルとアルゼンチンの対決は、今回のコパ・アメリカのハイライトの一つだった。
 ブラジルの2トップのべべットとロマーリオを、アルゼンチンがマンツーマンでマークしているのに対し、両サイドの空いたスペースを、後方からマジーニョとブランコ、中盤からシーラスが狙って脅かした。
 後半2分の1点目は左からの攻め上がりを起点にした揺さぶり、10分の2点日はシーラスのパスに始まる右サイドからの攻めである。
 来年のワールドカップで、マラドーナが完調なら、アルゼンチンは、やはり有力な優勝候補だろう。そのアルゼンチンに勝ったことは、ブラジルの若い選手たちにとって貴重な経験であり、大きな収穫だったに違いない。

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