何のためにブラジルへ?
W杯予選に負けたあと海外遠征させる甘い国は日本だけ?
ニューヨークにいても、サッカーの南米選手権、コパ・アメリカの試合をテレビでほとんど見ることが出来たのだが、ブラウン管では本当のところがわからない。これはやはり現場に出かけなくっちゃと、決勝リーグの試合を見るために、リオデジャネイロへ出かけた。飛行時間8時間半だが、地球を縦に回るから、時差が1時間しかなく、比較的楽な旅行である。
世界最大のマラカナン・スタジアムに行ったら「やあ、やっぱり来たね」と日本の例の友人の一人が、記者席に現れた。自分で稼いだお金を貯め、安い航空券を探し、仕事を犠牲にし、地球を半周して24時間がかりで東京から見に来たという。南米のサッカーの真実を追求しようという、その熱意を思うと、あまり憎まれ口も叩けなかった。
「ところで」と友人が言った。
「日本代表がブラジルに来るのを知ってる?」
「ええっ」と、ぼくはびっくり仰天だ。ニューヨークに移り住んで、やはり日本のニュースには、うとくなっている。
ワールドカップ予選で敗退したので、横山兼三監督は引責辞任し、日本代表チームはいったん解散したとばかり思っていた。
そして翌日、コパカバーナの海岸に近い日本レストランに晩飯を食いに行ったら、偶然にも、日本代表チームがうち揃って、ぞろぞろと現れた。びっくりしたなあ、もう。
あとで横山監督に聞いてみた。
「なんで南米遠征にきたの?」
「来年の北京のアジア大会が目標ですからね。それに備えるチーム作りのためです」
なるほど、うわさは本当だったんだ――と、ぼくは思い当たった。
横山監督は、就任するとき「8年間やらせて欲しい」と日本サッカー協会に要求し、協会側は「それはちょっと長い」と4年間にした――といううわさである。
結果として、うわさは真実に近かったようだ。つまりワールドカップ予選に勝つために責任を持つ体制ではなく、結果にかかわらず続けてやらせる体制だったわけである。
「サッカーの監督にとって日本は天国だよ」と友人が言った。
「結果に責任を持たないんだからね」
そのころ、ブラジルでは、コパ・アメリカを戦っているラザローニ監督に対し、選手の選び方と作戦について、きびしい批判が浴びせられていた。負ければもちろん解任は必至だった。そういうきびしい環境だから、監督も目の色を変えて戦うわけである。
ワールドカップ予選に負けた後、のんびりと海外遠征させてくれるような甘い国は、日本以外には考えられない。まったく日本は天国だ、とぼくも思う。
クリチーバでの試合
日本の選手の資質は悪くないが、現在の選手強化策では?
せっかくブラジルで日本代表チームにめぐり会ったのだから、試合ぶりを見ない手はない。そこでコパ・アメリカが終わった後、予定を延ばしてクリチーバまで飛ぶことにした。リオデジャネイロから西へ飛行機で約1時間。日本からの移民がたくさんいるパラナ州の首都である。
この町の「コリチーバ・フットボール・クラブ」が、日本代表の対戦相手である。町の名前が「クリチーバ」、クラブの名前が「コリチーバ」で、ちょっとややこしい。
日本からブラジルヘ行ってプロになった三浦知良(かずよし)選手が、ここのレギュラーになって活躍している。それが縁で、この町で試合を組むことになったらしい。
試合は7月18日、火曜日の午後9時から。立ち見席に詰め込むと5万人はいるというスタジアムに有料入場者は2085人。入場料は平均10クルサード(400円あまり)で、普通の試合の2倍だということだった。
コリチーバはパラナ州リーグで断然首位を走っていて、ブラジルの地方都市のチームとしては一流である。しかし、シーズン終盤の大事な時期ということもあり、日本代表との試合に出た選手のうち、レギュラーは三浦知良を含めて4人だけだった。
結果は0−1で日本の負けである。
地方都市の1軍半のチームに国の代表チームが負けるのはよろしくない――と、ぼくは国の面目にこだわった。日本側も単独のクラブだったらともかく、代表チームは、こういう試合を組むべきでない。
選手強化のためには恥も外聞もないという考えなのだろうが、こんなことをしていると、日本のサッカーが、海外でますます軽くみられるんじやないかと思う。それに、こんなふうな代表チームの海外遠征が、どれほど強化に役立つか、はなはだ疑問である。むしろ単独チームが、どんどん海外遠征をし、クラブレベルの国際交流を盛んにするのが、結局は選手を育てる早道ではないか。
ところで、結果は負けだったが、選手たちの前半のプレーぶりは、実は、ぼくが予想していたよりは、ずっと良かった。
中盤でダイレクト・パスをすばやくつないでゴール近くまでは、かなり攻め込む。左のサイドバックの位置にいる佐々木雅尚が、フィールドを横断して逆サイドに振る大きなパスを出し、右サイドに出ている森正明に渡っていい形になる攻めが何度かあった。一人ひとりの選手は技術もあるし、スピードもあるし、回りが見えていて戦術的な判断力もある。日本の選手の資質は悪くない。
しかし、それでは、個人的には本場のプロに引けを取らないのかというと、そうはいかない。
コリチーバの選手たちは、日本がダイレクト・パスをすばやくつないでくるのに対して、中盤では余りチェックしないで、ゴール前に引いて網を張って待っていた。
そこまで攻め込むと、日本の選手には、その網を個人の力で攻め破ろうとしない。苦し紛れのパスを出して相手の守りの網に絡め取られた。
素質のある選手が個人の力を伸ばせないところに、現在の日本の選手強化策の問題点があると、ぼくはかねがね主張している。代表チームを引き連れて海外遠征をし、同じ釜の飯を食うことによってチームワークを作ろうというような「集中強化主義」を十年一日のように繰り返すのが問題だ――というのが、これも十年一日の、ぼくの持論である。
コリチーバの得点は、前半終了の直前。中盤の底の選手から逆襲の縦パスが前線に出て、この一発の長いパスで日本の守備ラインを割った。
後半は、コリチーバが優勢、追加点はなかったが、シュートが3度、日本のバーを叩いた。日本は前半に走り回り過ぎて息切れしたのだろう。
日の丸めざす三浦知良
ブラジルのプロで、カズはたしかにスターになっている!
コリチーバの試合を見にクリチーバまで出かけたのは、日本代表の試合ぶりを見るためだが、そのほかに、もう一つ目的があった。 ブラシルに渡って6年目、22歳でプロのスターになっているという三浦知良選手に会うことである。
三浦知良には2年前、1987年の6月に南米で会ったことがある。当時20歳でプロ登録をしていたが、なかなか芽が出ないで悩んでいた。
それが、昨年10月にコリチーバにはいってからレギュラーに定着し「カズ」と呼ばれて人気者になっていると聞いたので、その成長ぶりを確かめたい、と思ったわけである。
人気者になっているのは本当だった。これには、びっくりした。
クリチーバに着いてすぐ地元の新聞を買ったらカズが練習をしている写真が一面にカラーで載っていた。
「われわれのスターが母国のチームを相手に戦う」という話題である。
地元のテレビでもラジオでも、カズのインタビューをやっていた。
試合当日はキックオフの直前までラジオのアナウンサーが、カズを捕まえて離さなかった。試合中には、ボールが渡るたびにスタンドで「カズ!」と絶叫するファンがいた。
「プラカール」というサッカーの記事がたくさん載っている週刊誌の「今週のアイドル」というページに登場したこともあるそうだ。人気は地元だけではないらしい。
プレーぶりはどうか。
日本代表チームは、堀池巧を右のディフェンダーに回してマークさせ、左ウイングのカズを意識している守り方だった。カズの方もこの機会に日本代表のコーチ陣に認めてもらおうと、かなり、いれこんでいた。
ボールがくると、足技のあるところを見せようと、まずフェイントで抜こうとする。それも必要以上に手の込んだフェイントを使っていた。あとで、本人にそう指摘したら「いつもは、もっと簡単にプレーするんですけど」と苦笑いしていたから、やはり意識してのフェイントだったようだ。
前半に、堀池のパスを狙っていてインターセプトし、ドリブルで攻め込んだ場面があった。ドリブルで敵陣の中に切り込んでからヒールキックでパスして、後ろの味方にシュートさせようとしたプレーもあった。どれも「こんなことも出来ますよ」とアピールするプレーのようだった。
ともあれ、試合の中でいろいろなことが出来るのは、すばらしいことである。
「日本代表に入れてもらうのは無理でしょうかね。日の丸をつけてワールドカップに出るのが子供のときからの夢なんですけどね」
とカズは、この日のプレーが認められることを熱望していた。
イタリアに行かないかという話もあるし、日本のチームにも行きたい。しかし当分はブラジルでプレーを続けて。もし選んでもらえるなら、ブラジルから一時帰国して、日本代表でプレーしたいという希望である。
「本場のプロで活躍している実力を、日本代表で使えないはずはない」と、ぼくは思う。
しかし、いつもいっしょに練習し、同じ釜の飯を食わないとチームワークが出来ないと考える「集中強化主義」の日本代表チームが「一時帰国」の選手を使いこなせるだろうか。
カズの実力よりも、日本側の受け入れ体制の方が問題じゃないか、とぼくは考えた。 |