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サッカーマガジン 1989年3月号

第68回天皇杯全日本選手権レポート

日産、3年ぶり3度目の日本一
天皇杯から日本サッカーを考える  (1/2)    

 第68回全日本サッカー選手権は元日の決勝で、日産自動車が延長の熱戦の末、フジタ工業クラブを破って3年ぶり、3度目の天皇杯を獲得した。
 プロ登録の選手を主力に外人選手を使っている日本リーグ勢がベスト4を占め、読売クラブが日産と好勝負を演じ、大学勢は今回もふがいなかった。
 日本のサッカーの現状をそのまま見せてくれた今季の天皇杯から、日本のサッカーの問題点を拾ってみたい。

水沼ドリブルの決勝ゴール
加茂監督の用兵の成功は日本代表チームに何を示唆しただろうか?

 元日の決勝戦は。期待していた以上にすばらしかった。曇り空だが、暖かく穏やかな天候に恵まれ、国立競技場の3万人の観衆は、フェアで力のこもった試合をたん能した。
 立ち上がりフジタが攻勢に出たが、次第にパスをつないで攻める日産がボールを支配した。予想されていた通りの展開である。
 13分、木村和司がドリブルで攻め込んだところを、フジタの守備陣が止め切れずにファウル、そのペナルティーキックを木村和が自分で決めて、日産が先行した。
 木村和は生き生きとプレーしていた。速くて変化のあるドリブルと正確で技巧的なキック力が蘇っていた。その「和司復活」を象徴するような先取点である。
 「この木村和を横山兼三監督の日本代表チームで使わないのは、なぜだろうか」
 これはスタンドの素朴な疑問である。
 フジタもよく頑張った。フジタはイギリスからアラン・ジレット・コーチと外人選手2人を迎えて、イングランドのサッカーを取り入れているが、単なる力ずくの攻めでなく、鋭いパスやドリブルの攻めもある。長身の黒人ハインズの長い足を生かしたドリブルが、よくチャンスを作っていた。
 前半終了間際の43分、フジタが同点に追いつく。久保山のけった左コーナーキックを、中盤から進出した坂下がヘディングで落とし、ゴール前へ出ていたスイーパーのミッシェルが振り向きざまの見事なボレーを決めた。1対1になって試合はますます面白い。
 後半にはいって18分が経過したところで、日産の加茂周監督は、外人ストライカーのロペスに代えて水沼貴史を投入した。水沼は右太ももの肉離れのため、この大会ではベンチにいることが多かったが、ももをバンテージでぐるぐる巻きにした水沼を、ここで投入した決断がこの試合のポイントになった。
 水沼が登場したころ、曇り空に晴れ間が出て、西へ傾きかけた柔らかな陽差しがフィールドを明るくした。勝負はこれからである。
 31分、フジタの手塚聡がアキレス腱を切って担架で退場した。後半はフジタにフリーキックからのチャンスが多く、攻勢だっただけに、ここで水をさされたのは痛かった。
 1対1のまま10分ハーフの延長戦。力のこもった熱戦である。
 延長前半の8分、水沼起用の決断が実った。
 後方からの浮き球を水沼がヘディングで落とし、柱谷幸一が相手の守備の前を大胆にドリブルして往復し、ヘディングしたあとそのまま待っていた水沼にパスをした。
 このパスを受けたあとの水沼のドリブルがまた素晴らしかった。ゴールへ向けてまっすぐ突っかける構えで左へ回り込み、そこからゴールへ向けて攻め込んでシュートした。
 柱谷幸のドリブルに引きずられたうえ、水沼の巧みですばやい突っ込みに逆をとられて、フジタの守りはなす術がなかった。(図)
 「中盤はパスをつないで行け。ペナルティーエリアにはいったらドリブルしろ」
 これが加茂監督の指示だったという。
 そう言われてみれば、先取点になった前半のペナルティーキックを呼び込んだのも、ゴール前に攻め込む木村和のドリブルだった。
 加茂監督の指示が、ずばりと的中したと言っていい。
 日本代表チームでも、こんなひらめきのある思い切ったドリブルを見たいものである。
 表彰式の後、加茂監督に「加茂用兵の成功ですね」と水を向けたら
 「水沼を30分間だけ、どこで使おうかと、それだけを考えていました」と答えた。
 足を痛めている水沼は30分しかプレーできない。そこで最後の30分に水沼で勝負を賭けた。
 現実にはフジタの頑張りで延長戦になり、水沼は正味50分もプレーしなければならなかった。それに耐えたのは水沼の気力だったが、その気力を引き出したのも監督の力量だろう。
 1回戦からの日産の選手起用を見てみると、加茂監督が厳しい組み合わせの中で、決勝戦までを見通しながら戦っていることが分かる。(表)
 守りはオスカーを中心に不動の顔ぶれだが、前線は水沼を勝負どころで生かすためのやりくりである。
 1回戦の筑波大との対戦では、1点リードしていたが、水沼を最後の25分間使って様子を見た。このとき水沼は、終了3分前に左の角度のないところからプロフェッショナルらしい見事なゴールで追加点をあげた。
 2回戦のヤンマーとの試合は木村和を温存して苦戦した。天皇杯は勝ち抜き戦だから負ければ後はない。だから一戦必勝で戦う気持になりがちだが、加茂監督は苦しい中でも次の試合を考えながら選手を起用している。
 結局、この試合は苦戦の末に後半36分、木村和を交代出場させ、その1分後に木村和のフリーキックから柱谷幸に合わせて決勝点をもぎとった。勝負師らしい采配が勝利を呼び込んだとも言える。
 準々決勝の読売クラブとの試合では、水沼と木村和を初めて最初から並べて使った。ここを天王山とみて勝負に出た感じである。
 この試合は、インジュアリータイムにはいってからの奇跡的な同点ゴールで延長、引き分けに持込みPK戦でものにした。この同点ゴールもフリーキックからの木村和−オスカーのコンビだった。
 ヤマハとの準決勝では、この大会でぐんぐん調子を上げてきた若い長谷川健太をフルに使って勢いに乗せ、水沼を温存している。その長谷川が後半6分にこぼれ球を拾い、得意の強シュートで決勝点をあげた。
 こうして見てくると、苦戦の連続の中で勝ちを拾ったのが、決して幸運だけではないことが分かる。勝ち抜き戦は幸運がなければ優勝できないが、幸運をつかむのは監督の手腕である。この加茂監督の見事な采配を日本代表チームと引き比べてみた。
 いま日本代表チームに欲しいものは、チームをひっぱっていくスターである。横山監督はチーム作りをしながらスターを育てようとしているように見える。
 しかし、代表チームにとって必要なのは、加茂監督が水沼を生かしたように、すでに各チームにいるスターを生かして使うことではないだろうか。まだ30歳の木村和にも23歳の長谷川にも、日本代表のスターになる力はあるのではないだろうか。
 加茂監督に日本代表の指揮をとらせたら、どんな采配を見せるだろうか――と考えた。


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