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サッカーマガジン 1987年9月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

ブラジルのサッカー・アカデミー
優秀なスタッフと抜群の環境で独創性を養う

一流コーチを集めて 
ブラジルの東大が協力して午前中はスポーツ科学の講義!

 4年に1度の南米サッカー選手権コパ・アメリカを見に来て、ブエノスアイレスのホテルで、この原稿を書いている。 
 ブラジルがチリに0対4で完敗して姿を消したのには、びっくりもしたし、教えられもした。だが、その話は別に書くことにして、ここではアルゼンチンに来る前に、ブラジルに立ち寄って見聞きしたことを。ご紹介したい。 
 美しい海岸で有名なリオデジャネイロでは、ユニークなサッカーのコーチ学校「アカデミア・フッテボル・ブラジル」を見学させてもらった。 
 学校といっても、別に校舎があるわけではない。実はこのアカデミア(学校)は、自前の施設は何も持っていない。 
 午前中にまず案内されたのは、町はずれにある国立リオデジャネイロ大学の体育学部だった。 
 65歳で来月に定年退職するというマウリシオ・ロチャ教授が研究施設をずっと案内して下さった。  
 いま、世界のスポーツ科学の中心になっているバイオメカニック(生体運動学)の研究設備が中心で、いろいろな機器があったが、多分、こういうものは、日本にはもっと進んだものがあるに違いない。しかしキャンパスが広びろとしていて、研究室のスペースがたっぷりとってあること、若い学生たちが、のびのびと明るく、熱心に勉強していたのが印象的だった。 
 なぜ、最初に大学へ案内されたかというと、実はサッカー・アカデミーの受講生たちが、午前中にこの大学で講義を受けることになっていたからである。  
 このブラジル・サッカー・アカデミーは、主として、外国のトップクラスのコーチたちが来て研修を受けるためのものである。 
 ぼくが訪ねたときは、カタール、エジプト、リビアなどアラブの9カ国から18人が来ていた。いずれも その国の代表チームの監督ないしコーチ、あるいは各国の1部リーグの優勝チームのコーチである。  
 このサッカー・アカデミーは、こういうトップクラスのコーチ24人を一つのグループとして受け入れて、最短で1カ月、長いのは3カ月の合宿訓練をする。 
 ぼくが訪ねたときに入っていたアラブの18人は、実は24人ずつ2度にわたって行ったアラブ諸国からのコーチ研修者の中から選ばれ、再度の上級コースの研修を受けているとことだった。
 こういう一流のコーチたちを午前中は大学に連れて行って講義を聞かせ、午後はグラウンドでトレーニングをさせる。夜はサッカーの映画やビデオを見せる。なかなか充実した日程である。 
 午前のスポーツ科学の講義の内容は、午後のトレーニングの実習と結びつくようなものにしている、ということだった。また講義のレベルは受講生の知識の程度に合わせるようにしている、とのことだった。 
 国立リオデジャネイロ大学は、ブラジルでもっとも入学のむずかしい大学だそうだ。日本のプロ野球機構が、外国のコーチのために同じような研修会を開いたとして、東大がこんなふうな協力をしてくれるものだろうか――と考えた。 

往年の名選手が指導
ブラジルらしく、食事はたっぷり!グラウンドは広びろ!

 ブラジルのアカデミア・フッテボルの受講生たちは、午前の講義が終わると、リオの町中にあるホテルに戻って昼食をとる。
 このホテルは、砂浜にサッカーゴールが林立していることで知られるコパカバーナの海岸に近い。 
 リオのサッカー協会(カリオカ・フッテボル連盟という)は、このホテルを、ほとんど専用のようにして代表チームの合宿などにも使っているそうだ。 
 アラブのコーチたちといっしょに、ぼくも、このホテルで、昼食をご馳走になった。
 スープ、サラダ、デザート付き。メーンディッシュは、にわとりのクリーム煮でボリュームたっぷり。頼めばいくらでも、お代わりをもってくる。 
 昼食が終わるとすぐ、専用バスでグラウンドに行く。
 町中からグラウンドまでは、かなり遠い。折り重なるようにして続く入り江の海岸沿いの道路を走って約45分。丘陵を背にした、だだっ広い平地に、松やネムやユウカリの林に囲まれて、芝生のフィールドが大、中、小と三つあった。 
 広大な敷地の中を小川が流れ、野外バーベキューの設備があり、いくつか小屋が建っている。
 実は、このグラウンドも、サッカー・アカデミーの所有ではない。 
 このアカデミーを企画した校長先生格のマノエル・エスペジン・ネト氏が、友人所有の別荘地を借りたものである。 
 その友人はトバールという名前の兄弟で元ブラジル代表選手、この別荘地は「トバールの場所」と呼ばれていた。6万平方メートルくらいはありそうな区域の一部に、子供用と大人の遊び用のサッカーフィールドがあったところに、アカデミーの手でもう一面、正規の広さのものを作ったという。 
 「近く合宿所も建てるつもりだ」
 とエスペジン校長が言っていた。 
 広大な土地をただで借りて、勝手にフィールドや合宿所を作るなんて、地価狂騰の日本では、想像もできないことである。 
 アラブのコーチたちは、大、中、小の三つのグラウンドのうち、いちばん芝生のいい中のグラウンドで指導を受けた。 
 この日のテーマは「体カトレーニングの方法」で講師はカルロス・アルベルト・ランセタ氏。前年にメキシコで開かれたワールドカップのとき、ブラジルから派遣されてイラク代表の体力トレーナー(ブラジルではフィジコと呼ぶ)を務めた人である。 
 技術コーチ(テクニコ)は、この5月までカタールのジュニアのコーチをしていたローソン氏。 
 いずれも、アラブの国で教えた経験を生かすため起用されたらしい。 
 こういう優秀なコーチたちを、適材適所で随時、起用できるところにこのブラジルのアカデミーの特長がある。 
 マリオ・ザガロ、カルロス・アルベルト、ジャイルジーニョなど、かつて世界一になったワールドカップのスーパースターも動員されるということだ。

日本はなぜ来ない?  
距離は遠く期間は長いが、体験してみる価値はありそう!

 このブラジル・サッカー・アカデミーは、1978年にスタートしてから9年目になる。 
  「これまでに63力国から379人のコーチが参加した。だけど、どういうわけか日本からは来てくれない」 
 と、エスペジン校長は、ちょっと不満そうだった。アジア各国のコーチを集めたこともあるが、日本からの参加者はなかったという。 
 「フランスは2月〜3月、アラブ諸国は6月〜7月、イギリスは11月〜12月に、毎年定期的にコーチのグループを送り込んでくるようになった。アフリカのコンゴやナイジェリアは、ここに代表チームを送り込んで、われわれの指導で合宿して好成績をあげている。日本が来たらとても役に立つと思うんだが……」 
 日本のコーチたちが来ないので、今年は夏休みの8月後半に、日本の高校生以下の若い選手のグループツアーを1週間受け入れて短期研修を行うことにし、東京で参加者を募集中だ。
 このアカデミア・フッテボル・ブラジルの正規の受講料は、最短の30日のコースで、1人1日60ドル、約9000円である。 
 宿泊三食付き、医療費、専用バス、世界最大のマラカナ競技場見学などの観光も含んでいる。 
 土曜、日曜にはフラメンゴ、フルミネンセなど一流のクラブのチームとの対戦やプロの試合の観戦をアレンジしてくれる。 
 これだけやってくれて、1日60ドルは割安だと思うが、日本からの参加者がないのは、地球の反対側にあるという距離の遠さと、いちばん短いコースで1カ月という期間の長さのためのようだ。 
 日本からコーチのグループを派遣するとなると、学校の先生が主体になると思うが、勤めを持っている人にとって、1カ月以上の休暇をとるのは、むずかしいのかもしれない。 
 とはいえ、日本サッカー協会、あるいは大学サッカー連盟とか高校体育連盟が音頭をとって熱心なコーチを集めて派遣してみるのも、悪くはないんじゃないか――とぼくは考えた。日本の夏休みの7月〜8月ならできるんじゃないか。 
 「来年の夏休みに試みてみたらどうですか」 
 と、ぼくは日本の協会首脳部に提案してみることにした。 
 「世界には、いろんな国があって、いろんなサッカーがある」 
 とエスペジン校長が話していた。 
 「ブラジルの中でも、リオとサンパウロでは違うんだ。サンバのリズムで奔放に独創性を発揮するリオのサッカーを日本人が体験してみるのも、悪くないと思うけどね」


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