あふれるほどの魅力に満ちたワールドカップ・スペイン1982。きらめく宝物中からぼくは何を見るのか――
いよいよワールドカップだ。明るい南国の太陽の下で、サッカーのフィエスタ(お祭り)に熱狂する大衆が舞台を作り、さわやかに夜風のわたるスタジアムで世界のスーパースターが、きらめくように最高のプレーを競う。6月13日(日)、バルセロナの開幕ゲームから、7月11日(日)、マドリッドの決勝戦まで29日間、スペインの14都市で24カ国の代表が4年に一度の世界一を争うサッカーの世界選手権、第12回ワールドカップは、日本でも全期間にわたってテレビ中継がある。今年世界最高のスポーツエベント、地球をゆるがす1カ月の見どころを探ってみよう。
どんな宝を選ぶか
ワールドカップは、宝島のでっかい宝石箱である。
すべての宝物を取り出そうと思っても、とても、いっぺんに抱え切れるものではない。
いちばん、すばらしいものを選ぼうとしても、あまりに種類が多くて目移りする。
つまり、ワールドカップは、たくさんの見どころがある。
その中から、人それぞれに好みに応じて、好きな宝石を拾い出して、楽しむことができる。
それでは、1982年のワールドカップに何を見ようか――。
いまだに登場しない(異論はあるかもしれない)ペレの後継者をさがそうか。
体力と技術の両方を、極限までで追い求める80年代のサッカーの行方を、見定めようか。
それとも、国際紛争や国内の混乱にもかかわらず参加した国の代表チームに、政治の影を振りはらおうとする、けなげな精神を求めようか。
あるいは、サッカーを楽しみ、世界のお客さんを歓迎する地元大衆の熱狂の中に、どっぷりと、ひたりきって何もかも忘れようか。
見どころを、どこに求めるのも自由だし、ワールドカップは、すべての見方に応じてくれる。
スーパースターは?
ぼくはまず、スペインのワールドカップに「人間のドラマ」をさがしたい。そのドラマの主役は、すばらしい技術と、すばらしいインテリジェンスと、すばらしい体力と、すばらしい気力で29日間を戦い抜くスーパースターであってほしい。
そういう、新しい時代のヒーロー候補が、きら星のようにいる中で、『サッカー・マガジン』別冊の「スペイン82総合ガイド」は、4人の候補者を、とじ込みのガラーポスターにして取りあげていた。
アルゼンチンのディエゴ・マラドーナ。
ブラジルのジーコ。
西ドイツのカールハインツ・ルムメンニゲ。
イングランドのケビン・キーガン。
これは、まったく当を得た人選だと思う。
このうち、マラドーナとジーコは、最近、日本にも来て、よく知られている。
ルムメンニゲとキーガンも、テレビの画面では、おなじみだし、欧州最優秀選手に選ばれたことのあるスターである。
スペイン82のヒーローは、この4人の中から出るだろうと、ぼくも思っている。
「ヒーローは既成のスターの中からしか出ないのか。新しい時代に、すい星のようにデビューする新人はいないのか」
という声があるかもしれない。
たしかに、1958年第6回スウェーデン大会で、ブラジルのペレが17歳でデビューし、その後、1970年第9回メキシコ大会まで、10年以上にわたって世界に君臨した前例はある。
だが、ペレのデビューは、24年前の話だ。そのころと違って、いまは世界に情報網がはりめぐらされ、地球の裏側のテレビの画像を、同時に宇宙中継で見ることのできる時代になっている。ワールドカップ代表になるほどのタレントが、その前に世界に知られていない可能性は、ほとんどない。
それに、現代のサッカーは、24年前とは比べられないほど激しく、複雑になっている。サッカーの才能が開花する17、18歳で、いきなり世界のスターになるのは、体力の点からも、経験の点からも、むずかしい。
そういうわけで、スペインのドラマの主役になる男は、すでに、その才能を世界的に認められた既成のスターの中から出るだろうと思うわけである。
だが――。
新しい時代の英雄になるためには「若さ」も、一つの重要な条件である。
マラドーナ、21歳。
ジーコ、29歳。
ルムメンニゲ、26歳。
キーガン、31歳。
年齢からみれば、マラドーナにもっとも未来があり、ルムメンニゲは、まさに絶頂期にかかろうとしている。
人間のドラマを追う
もう一つ――。
サッカーのヒーローになりやすいのは、中盤で組み立てる能力がすぐれ、自らも得点する力のある選手だ。
この4人は、ともに、その資格を備えているが、中でも、中盤での“ひらめき”の鋭さでは、南米の2人、マラドーナとジーコが抜けていると思う。
また、得点能力の点では、4年前の大会でアルゼンチンのマリオ・ケンペスが見せたような「高速と密集の中での個人技」が、スペインでも絶対条件になるだろうと思う。それを持っているのも南米の2人、マラドーナとジーコである。
以上の条件を考えて、4人の中から1人だけを選ぶなら、ぼくはマラドーナに賭ける。
若さ、中盤のインテリジェンス、高速と密集の中の個人技――この三つの点で、そろってすぐれているのは、マラドーナだからである。
体力、あるいはコンディショニングの点では、心配はない。
アルゼンチンも、ブラジルも、今回は充分に大会前の準備期間をとって鍛えてくる。むしろ、地元欧州の西ドイツ、イングランドの方が、国内日程に追われて、準備には恵まれないだろう。
大会前の親善試合のプレーぶりなどは、たいして参考にはならない。本当に体調を整えてくるのは“本番”だけである。
もちろん、本番では、スーパースターはきびしくマークされる。だが大会は、1カ月の長丁場であり、決勝までいれて7試合を戦う。その間に、力のある者は必ず力を見せるだろう。技術、体力、精神力のプレッシャーをはねのけながら戦う男の姿の中に、人間のドラマがある。
ここで述べたのは、主役の話だ。ワールドカップのドラマには、個性の強い三枚目や、いぶし銀のように光る脇役たちも、たくさん登場する。彼らに目を向けるのも、一つの見方だが、宝石箱を全部、ここでひっくり返していたら、ページ数が、いくらあっても足りなくなる。
ただ、1人だけ、スーパースターのダークホースをあげておこう。
それはイタリアの若いストライカー、パオロ・ロッシだ。24歳。4年前の大会ではみずみずしい活躍をみせたが、そのあと、国内の八百長スキャンダルに巻きこまれた。本人は無実を主張していたが、2年間サッカー界から追放されていた。
処分がとけたいま、2年間のブランクが影響していなければ……。その才能に注目する価値は充分ある。
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