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サッカーマガジン 1978年7月10日号

“若さ”と“可能性”のキックオフ
アルゼンチン’78開幕レポート
    (2/2)   

“頂上”へのルートは…
 話をスタジアムに戻そう。開会式の最後に行われたホルヘ・ラファエル・ビデラ大統領の開幕宣言のあいさつは4分あまりだったが、若さが躍動したシーンのあとだけにいささか長く感じられた。軍事政権の親玉が「平和と友好」を説き「完全な自由のもとに開かれるスポーツ大会」を讃美したのはちょっと奇妙なものである。
 天井桟敷で「青と白」の旗を打ち振るファンは、そんなことにはとんちゃくしなかった。大統領のスピーチが終わるとたちまち大きな拍手と喚声が起きた。これは演説が終わるか終わらないうちにフィールドに出て来た西ドイツとポーランドの選手たちに対するものである。
 前回のチャンピオンと第3位のチームの対決。
 4年前の2次リーグで激闘を演じたチーム同士!ということで、ファンの期待は大きかったが、試合内容はこれを裏切るものだった。
 90分を終わって0−0。両チームは上半身はだかになってユニホームを交換し、引き分けに満足してフィールドを去っていったが、スタンドはいささか味気ない気持だった。
 ワールドカップ開幕試合は1966年のイングランド大会以来、これで4回連続の引き分け。それも全部0−0である。 
 ポーランドのグモッフ監督はアルゼンチン入りしたときの記者会見で「チャンピオン・チームとの開幕試合の相手に選ばれて光栄だ」と述べ、西ドイツのシェーン監督は試合のあとで「開幕にプレーするのはなかなかのプレッシャーだ」と語っていたけれども、これはかなりの外交的表現である。
 1次リーグは4チームによるグループの上位2チームが2次リーグに出られる仕組みだから、開幕試合で強いチーム同士がぶつけられた場合、無理をして勝ちにいく必要はない。ここは引き分けておいて、比較的弱いチーム相手の2試合を確実に勝ったほうが安全である。開幕試合に全力を尽くして手の内を見せることはない。
 そういうわけで、西ドイツもポーランドもゆっくりとボールをキープし、ときどきゴール前に殺到してみせたが迫力に乏しかった。前半のうちからボールがゴールキーパーにバックパスされるたびに、スタンドからは非難の口笛が鳴り続ける。見せ場のないまま0−0で前半が終わったときは口笛の大合唱だった。
 西ドイツは明らかに引き分けで十分というつもりのようだったが、ポーランドは後半にちょっぴり意欲的なところを見せた。8分にGKトマシェフスキがCKをとって右ウイングのラトに投げて渡したところから一気に攻め込む。サイドチェンジのパスが左サイドにいたルバンスキに渡り、さらに正面のシャルマッフに出たが、ボールは大きく右そとにそれた。
 続いて12分には右のスローインからナバウカが左にくい込んで、きわどいボールをゴール・ポストの前に返した。これをGKマイヤーがみごとに前にダイビングしてはじき出した。続いて13分には右からルバンスキの出したボールにデイナが合わせると、これもマイヤーが思い切って前に出ながら足に当てて防いだ。マイヤーの2回連続の好プレーだった。
 だが、きわどい場面はこれで終わり。タイムアップが近づくにつれて、失望したスタンドのファンは目の前の試合は見捨てて、「アル・ヘン・ティーナ」「アル・ヘン・ティーナ」を合唱し始めた。「こんなサッカーをするヨーロッパのチームに勝ってほしくない、アルゼンチンを優勝させよう」という気持だろう。
 実際のところ両チームとも開幕試合だから用心深く試合をしただけでなく、実際に、ほかになにかを隠し持っているようには思えなかった。
 西ドイツはゲルト・ミュラーとベッケンバウアーの抜けた穴が相変わらずポッカリあいていた。ことしになって国際試合に1点もとっていないフィッシャーは、絶好のチャンスに2回、シュートを大きく外へけり出した。
 リベロのベッケンバウアーの役割は、スイーパーとしてはカルツが、中盤のリーダーとしてはフローエがそれぞれあとを引き継いでいたが、2人合わせてもベッケンバウアーにはとうてい及ばないように見えた。
 ポーランドは4年前と同じようにデイナが中盤の底から右のラト、左のシャルマッフにパスを出して速攻を狙っていた。しかし3位に進出したときのポーランドからは皆、それぞれ4つ年をとっている。デイナは31歳、ラトは28歳である。1973年のワールドカップ予選で負傷して、長い間休んでいたルバンスキが復帰して出場したが、ルバンスキも31歳だ。走力にものをいわせる逆襲速攻型のチームにとって、チームの老化はいたいはずである。
 しかし、開幕試合が終わっただけの時点で、断定的なことはなにもいえない。 
 西ドイツ、ポーランドが新しいものを持っていないとすれば、ブラジル、アルゼンチンの南米勢のチャンスだが、西ドイツのシェーン監督が、前回の大会でフローエにかえてボンホフを起用したのと同じように、新たな構想でチームを立て直す可能性もある。フランスやスペインがわれわれの知らない新しいサッカーを示すかもしれない。ブラジルとアルゼンチンから新しいタレントが、目のさめるような登場ぶりを見せるかもしれない。
 前回の大会では2次リーグにはいると、西ドイツとポーランドが2つのルートからそれぞれ頂上を目指していることが明らかになった。しかし、今回はある意味では実力が接近し、未知の要素があるところにおもしろさがある。たぶん2次リーグにはいっても“頂上”へのルートはヤブの中ということになるだろう。

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