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サッカーマガジン 1977年10月10日号

全日本・二宮寛監督にインタビュー
初の欧州長期遠征合宿から帰って

「自分のチームで
    “代表選手”の力を示せ」    
 (1/2)   

 日本代表チームが、異例のヨーロッパ長期キャンプから帰ってきた。3年後のモスクワを目指す若い代表選手たちは、グループに分かれてブンデスリーガの強豪チームに参加させてもらったり、世界のトップクラスのプロの卜−ナメントに参加したりして、2カ月の間に貴重な体験をたっぷりためこんできた。その成果を楽しそうに語る二宮監督も、まっ黒に日焼けして元気いっぱいだ。 
 この対談をしたのは、東京がプロ野球の王選手のホームラン新記録の話題で騒然としていたとき――。話はやっぱり、ワンちゃんのことから始まった。

自覚と責任とプライドを
二宮
 王選手のお嬢さんとうちの娘が同じ小学校に通っていてね。同級生なんですよ。だから特別に関心もってるんだけど、王貞治という選手はたいしたもんですね。もちろん技術もたいしたものなんだろうけど、それよりもね、外的なプレッシャーの中で、ゆうゆうとホームランを打ち続けるのは偉いもんだな。球場へ行ってスタンドの大観衆に騒がれるのは、まあ、慣れているだろうけど、それよりも自分だけでリラックスしたいプライベートな時間帯も騒ぎのために奪われていて、あれだけのものを残せるのは、やっぱり本物なんだな。 

牛木 周囲のほうが騒ぎに上ずっていてね。そのまっただ中にいる本人は、自分を失っていない。

二宮 釜本も王選手と一脈相通じるところがあるように思いますね。目の色が違いますよ。王選手が打席に立っているときの目。釜本がゴールをねらっているときの目。同じですね。調子がいいときには王選手よりでかいホームランを打つ選手は、ほかにも多勢いるでしょうけど、そういうのは本物じゃない。いつでも、よどみのない気持で、真剣に自分のものが出せる。いつも生き生きとして、プレーに生気がある。それが本物だな。 

牛木 ペレやベッケンバウアーもそうだね。体格やテクニックの点では、負けず劣らずの選手を集めたチームの中にいて、だれにでもわかるスケールの違いがある。それが本物のスポーツマンの風格だな。 

二宮 そうそう。

牛木 釜本に続いて、そういう本物の日本代表選手を育てよう、というのが今度のヨーロッパキャンプのねらいだったのだろうと思うんだけれども……。 

二宮 ええ。しかし、それは2カ月やそこらでできることではない。ただ、ヨーロッパから帰って解散するときに、選手たちに、こういうことをいったんです。「本物の代表選手だったら、自分のチームに帰っての練習や試合では、他とは違う絶対的な力を示せ」ってね。メキシコ・オリンピックで銅メダルをとったときの代表選手は、みんなそうだったと思う。国内の試合では、絶対的な力をもっていたと思う。サッカーを知らない人が試合をみても、ひと目で「ああ、あの人が代表選手でしょう」とわかるくらいじゃないと本物じゃない。代表に選ばれたからやってきて、ただ日の丸をつけて合宿練習してきましたというんじゃ仕方がない。それだけの自覚と責任とプライドを持てってね。そういったんです。 

牛木 2カ月の間に、それだけのものを身につけたはずだというわけ? 

二宮 もちろん、技術や体力や戦術的能力が2カ月で見違えるようになることはない。これは年季のかかるスポーツですからね。しかし選手たちに書いてもらったレポートを見ても、いままでのサッカー人生の中で、いちばんいい勉強になった、というのが多い。そういう点では非常によかったと思う。ただ、ブンデスリーガの連中といっしょにやって、非常にうまくいった。気持が乗ってる、そういうときに、うまくやれるということと、本当に自分の実力として体得していることの間には大きな違いがある。 

牛木 ワンちゃんのように、周囲の巨大な雑音の中でも、ゆうゆうと力を出せるようでないとね。 

二宮 ブンデスリーガの連中といっしょにキャンプしてると、向こうのトップのプロの選手は、いい意味で自分本位だということがわかりますね。自分で自分の足もとを、どんどん掘り下げて努力している。他からいわれて、他人のためにやるような気持ではダメだ。

長所と短所を自覚した金田
牛木 
ヨーロッパでの収穫を具体的に聞かせてほしいな。 

二宮 よく、どの選手がよくなったかと聞かれるんですけどね。いまの段階で、だれがいい、だれが悪いとはいえないんですよ。みんなに知られては困るという意味じゃなしに。まだまだ、時間をかけて見守っていかないと本当のことはわからないと思う。若い選手が多いんだから、これからの精進しだいです。 

牛木 高校生の高橋君とか、ユースからいきなり昇格した金田君とか、思い切って起用したヤングたちは、どうだったの? はじめてのヨーロッパで、キョロキョロして終わったなんてことはない? 

二宮 それはない。ぼくたちの時代にはあったかもしれないけれど――。これは、いまの若い人たちのいいところですね。外人の顔みるだけで、オドオドしちゃったのは、20年くらい昔の話だ。 

牛木 でも、選手たちを分けて、ケルンとボルシア・メンヘングラッドバッハとデュッセルドルフに送り込んだわけでしょう。出かけるときには、心細かったんじゃないかと思うが――。 

二宮 はっ、はっ、は。それは連中だけでバスに乗せて送り出したときには、心細そうな顔はしていたな。でも、しばらくして各チームを巡回してみたら、もうみんなドイツの選手といっしょになって、キャッ、キャッといって騒いでた。 

牛木 みなインターナショナルなんだ。 

二宮 若い選手の話ですが、高橋は高校総体があるために先に帰したから、まだわからないけれど、金田は向こうで十分に通用するものをもっていた。ケルンのチームを相手にしても、よくやったし、オランダ、ベルギー、スペインのチームを相手にしても、安心して見ていられるプレーをもっていた。これは事実ですよ。もうちょっと、こういう点があればな、というところもあるが、通用するものと、もうひと息という点が、はっきりした。それを本人も、はっきり理解した。大きな期待がもてると思う。だから無理しても、ずっと通して使った。足首がかなりはれているときにも交替させずに、がんばらせたりした。西野もそうです。使いっぱなしにして、自分の長所と欠点を、本人もはっきり自覚できたと思う。 

牛木 全部で何試合やったわけ? 

二宮 18試合して8勝2引き分け8敗。キャンプ中に近くの町に行ってやったような試合もあるんだけど、一応、みな入場料をとってやった試合です。後半はスペインで二つの国際トーナメントに参加させてもらった。1日に1000キロバスで移動して、すぐ試合ということもあったし、1週間に5試合したときもある。かなり苦しい条件で、病人はまったくなかったし、けが人も少なく、みんなよくがんばった。 

牛木 日本チームの評判は? 

二宮 これが、ちょっとよすぎるんです。スペインの大会でやった試合なんか、観衆がみんな日本のほうにつく。日本チームはマナーがいい、ロッカーの後片付けなんかを、きちんとしていくのは日本だけだというような記事が新聞に出たためもあるけど、フェアだというので評判だった。2点とられたあと反撃に出て1点返したら「ハポン、ハポン」(日本、日本)と大声援になった。しかし、フェアなのはいいけど、やっぱり敵地に乗り込んで憎まれるくらい強くなけりゃ、本当じゃない。汚ないプレーはよくないが、激しいプレーをどんどん出せるようじゃなければ……。 

牛木 お天気はよかった? 

二宮 これは抜群。今年は特別に涼しくて……。これは大収穫。


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