アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1977年9月25日号
時評 サッカージャーナル

少年サッカーの指導者

実にみごと!綾部先生
 東京のよみうりランドで開かれた第1回全日本少年サッカー大会を、初日から最終日まで、じっくり取材させてもらった。毎日かんかん照りの暑さだった。が、ふだんはプロ野球のナイター取材で、深夜帰宅、昼過ぎ起床という不健康な生活をさせられているから、元気いっぱいの少年たちといっしょに、緑の風のさわやかな多摩丘陵で6日間過ごさせてもらったのは、ありがたかった。これは今年から、この大会の共催に、ぼくの勤務先の読売新聞社が加わったおかげである。
 健康な夏の生活を楽しませてもらっただけでなく、勉強になることも多かった。特に少年サッカーの指導者の“あり方”については考えさせられるところがあった。
 いちばん話題になり、注目されたのは清水FCの綾部美知枝先生である。女性監督ということでぼくたちジャーナリストの興味のマトとなっただけでなく、この大会の参加選手の研修指導をするために集められた協会公認コーチの間にも、少年たちの心をキュッとつかんだ、その指導ぶりに、目をまるくしている人たちが何人もいた。
 清水FCは第1戦で山口市サッカー少年団に3−0で勝った。しかし、その勝ちっぷりは優勝候補の清水FCとしては、満足のいかないものだったようだ。
 その翌朝、偶然、会場の隣の芝生で、綾部先生が少年たちにゲームをやらせているのを見かけた。
 少年たちの半数が両手と両足を地面につけ、ウマ跳びのウマのようなかっこうで輪になっている。残りの半数が、その下をはってくぐり抜ける。みんなで歌をうたいながら、それをやっている。
 合図で、ウマになっている少年たちが、パッと地面に腹ばいになる。くぐり抜けをやっているほうは、まごまごしていると押しつぶされる。うまくいったり、いかなかったりで「キャッ、キャッ」と笑い声が出た。
 その日の試合の直前には、こんな練習をしていた。
 先生がゴールポストの前で、バスケットボールのようにボールをドリブルしながら持っている。それを選手たちが、サッカーの要領で体を寄せて取りに行き、シュートする。先生は手を使い、生徒は手を使わないわけである。
 「なるほど、あんな手もあるんだな」と感心しているコーチがいた。
 そこで綾部先生に、直接インタビューしてきいてみた。
 「ああいうふうな練習のパターンを、いくつくらいレパートリーとして持っているんですか?」
 「いくつくらいって、いわれても……。そのときの子供たちのようすや状況によって、くふうしてやるんですから……」
 実に、みごとな答えである。ぼくは心の中で「ウーン、まいった」と思った。
 実は、日本のサッカーに革命を起こした西ドイツのクラーマー・コーチが前にこんなことをいったことがある。
 「日本からドイツにコーチの勉強にきて、練習のパターンを克明にノートして帰る人がいる。その熱心さには感心するが、練習のやり方は、そのとき、そのときの状況に応じて、自分の頭で考えてくふうすればいい。それよりもドイツのサッカーの組織や運営ぶりや雰囲気を感じとって帰ってもらいたい」綾部先生の答えは、クラーマーなみである。
 決勝戦の日の朝は、綾部先生は芝生の上で子供たちと相撲をとっていた。選手たちの緊張をほぐし体をほぐそうというねらいだろう。
 綾部監督は清水市の辻小学校の先生である。「サッカーの押美先生」として清水では有名だったがこの3月に結婚して、姓が綾部に変わっている。

ハーフタイムの指示
 全日本少年サッカー大会の決勝大会に進出した32チームは、全国の各地域からの選り抜きだから、もちろん指導者のレベルも高い。しかし、それでも、試合の興奮にわれを忘れてしまう例を見受けた。
 有力チームが前半に思わぬ苦戦をした。コーチの先生は、いささか興奮気味だった。
 「どうしたんだ、おまえたち。もっと早くボールを離せよ。それにあのフリーキックのときの守り方はなんだ。壁が遠すぎるじゃないか。だから直接入れられちゃうんだよ……」
 ハーフタイムの間じゅう、先生はしゃべりどおしである。選手の中でゴールキーパーの気分が悪そうなのに気がつかない。
 主審が後半をはじめるため招集の合図をして、先生がしゃべるのをやめたとき、ゴールキーパーがおずおずと「気分が悪い」と申し出た。
 「よし、とりあえず出てろ。すぐ替えてやる」
 後半開始の笛が鳴り、先生が選手交替の用紙を書き込んでいる間に、相手チームに1点入れられてしまった。これは本当の話だ。
 ハーフタイムの短い時間に、前半の失敗を叱ってばかりいたら、選手は自信を失うだけだ。また、ふだんの練習で身についていないことをハーフタイムに教えても後半にすぐできるわけがない。
 これは少年チームに限ったことでなく、一流のプロでも同じことで「反省と批判は翌日にしよう。当日はコーチも選手も、頭が熱くなっているから」というくらいである。
 ところが、なかにはもっとひどい例もあって、前半リードされると、ハーフタイムに選手をぶんなぐるコーチが、ときとしているのだそうだ。
 それをきいて、モントリオールのオリンピックで優勝した女子バレーボールの山田監督に聞いた話を思い出した。
 「なぐってやらせるのは指導力の不足ですよ。なぐってやらせたら次には、なぐらなければやらない選手になる。その次には、なぐられてもやらない選手になる」
 少年サッカーにとって、もっともたいせつなのは指導者だ――とぼくは思った。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ