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サッカーマガジン 1976年11月25日号

静かに動き出した
      日本サッカーの大改造
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 日本サッカー協会の新しい執行部は、日本のサッカーの体質を根本的に作り直すための、大きな改革に取り組みはじめている。長沼専務理事は、就任以来、機会があるたびに各地のサッカー関係者の意見を聞き、さる9月18日の協会理事会で改革構想の素案を検討した。さらに10月28日に佐賀国体のさいに開かれる全国理事長会議で討議したうえで、12月4日の理事会で基本方針を決定する段どりである。 
 この長沼構想による大改造によって、日本のサッカーは、どのように変わっていくのか。日本サッカー大改造のビジョンと具体案を紹介してみよう。

1 協会を作っているのはぼくたちだ
  個人別に会費を納める新しい登録システム

 近い将来に、みんなが定期券入れや中学生手帳の中に、小さなプラスチックのカードをはさんで、持って歩くことになるだろう。そのカードには、こんなふうに書いてある。
 「日本サッカー協会登録証、登録番号007。氏名 山田太郎。所属ジェームス・ボンド・サッカークラブ(ユース)」 
 現在のところは、まだ、これほど具体的に話が進んでいるわけではない。日本中でサッカーをやっている人たち全部に、こんなカードを渡すのは、想像以上にたいへんな仕事である。いま日本サッカー協会に登録しているチーム数は約1万。1チームに20人ずつ選手がいるとして20万枚のカードを発行しなければならない。将来はその整理にコンピューターを使う必要も出てくるだろう。そういう経費や手間は、かなり莫大なものになる。 
  しかし、来年度から少なくとも「おとなのチーム」(一般と大学)の選手については、このような「個人登録制度」を採用することが考えられている。 
 個人登録といっても、ひとりひとりがばらばらに協会に行って登録し、カードをもらうわけではない。これまでと同じように、チームを通して登録をする。現在でも、チーム登録のときに所属選手の氏名のリストをつけているから、手続きの点では、そう大きな変化はない。 
 ただ「個人登録」だから、選手として登録しようと思う人は、それぞれ、自分で自分の登録料を支払うことになる。これまではチームの登録だけだったが、これに個人登録料が加わり、引きかえに個人別の登録カードが渡される――そこが違うところである。 
 「おとなの選手」については、個人の登録料は年間1人1000円が考えられている。 
 現在、日本サッカー協会に登録している一般と大学のチーム数は約3300。 
 1チームに平均20人ずつ選手がいるとすれば「おとな」の登録選手数は約6万6000人。1人年間1000円の登録料を納めると、その総額は6600万円になる。 
 プラスチックの登録カードを作ったり、それを郵送したりする事務費に、その半分が消えていくとしても、およそ3300万円が残る、という計算になる。 
 これは、財団法人日本サッカー協会の事務局の経費に、ちょうど見合うくらいの金額である。 
 ここのところが、新しい「個人登録制度」のだいじなポイントのように思われる。 
 サッカー協会は、全国でサッカーをやっている人たちが、おたがいに連絡をとり、試合をするのに便利なように作っている組織である。だから、協会を作っているのは、サッカーの選手である君たち自身であり、その事務をする費用くらいは、みんなで出し合うのが当然である。 
 部員100人のチームも、15人登録しているチームと同額の加盟費しか出さず、しかも協会の経費の大半は、国際試合の収入(つまり日本代表選手たちの働き)によってまかなっている、という不合理を、この個人登録制で少しは解消することができる。 
 新しい個人登録制度で、みんなが納める会費と、受け取るカードは、協会を自分たちで作り、動かしていることの証拠でなければならない。 
 高校、中学以下の選手たちについては、来年度は従来どおりになるようだ。 
 しかし、個人登録制の趣旨からいえば、少なくともプラスチックのカードを作る費用くらいは出してもらって、少年たちにも、協会の一員である自覚をもたせるのが、本当かもしれない。

2 サッカーのチームを身分によって差別しない
  年齢別のチーム分けと各種大会の考え方

 これは、さし当たっては、大部分のチームや選手に、ほとんど影響はないと思われる小さな改革である。しかし、日本のサッカーにとって、もっとも本質的な、重要な改革だということもできる。 
 まず、その内容を説明しよう。 
 これまでの日本サッカー協会のチーム登録は、次のような六つの種別に分かれている。 
  第1種(一般) ……主として社会人で構成されるチーム 
  第2種(大学) ……単一の大学の学生で構成されるチーム 
  第3種(高校) ……単一の高等学校の生徒で構成されるチーム
  第4種(少年団)……サッカー・スポーツ少年団のチーム 
  第5種(中学校) ……単一の中学校の生徒で構成するチーム
  第6種(小学校)……単一の小学校の児童で構成するチーム 
 新しいチーム登録では、これを次の三つの種別にすることが考えられている。 
  第1種(一般) ……年齢制限なし 
  第2種(ユース)……19歳未満 
  第3種(少年) ……16歳未満 
 チーム登録の種別が、このように変わっても実際には、現在のリーグや大会のやり方が急に変わるわけではない。 
 大学チームは、新しい種別による第1種の中に実業団チームとともにはいるけれども、大学リーグや大学選手権大会は、これまでどおり行われる。 
 高校や中学についても同様で、高校チームは第2種に、中学チームは第3種にはいるが高校選手権大会や中学生大会を廃止するわけではない。 
 この種別は、協会にチーム登録をするときの区別であって、一つ一つの大会への参加資格を決めるものではないからである。 
 ただ、これまでの登録種別は、大学生だけのチーム、高校生だけのチーム、というように、所属選手の「身分」によって分類されていたが、これを「年齢別」にするだけのことである。 
 協会の登録を「身分」によって区別したのは、日本独特のやり方で、考えてみれば奇妙なことである。 
 高校を出てすぐ就職した人のやるサッカーと、大学に進学した人のやるサッカーに、違いがあるわけではない。 
 それどころか、協会に加盟登録しているチームみんなが「誰でも、どこでも、いつでも」同じサッカーをやることができるように協会を結成し、協会でルールを統一しているのだから、協会の登録に、身分上の差別を設けるのは、有害無益だといっていいくらいのものである。 
 そのうえ、従来(現在)の規則を厳重に適用すると、協会に登録できないチームが出てくる。 
 たとえば、中学のとき、いっしょにサッカーをやっていた仲間たちが、いろいろな高校に分かれて進学し、あるいは一部の仲間は就職したとする。 
 その仲間たちが集まって「サッカーだけは続けていっしょにやろう」と計画しても、第1種から第6種までのどこにも当てはまらないわけである。 
 しいて登録するとすれば、社会人チームとともに第1種に入れるほかはないが、第1種の登録料は、第3種の高校チームより高くなっている。同じ年代のチームでありながら、登録料が違うのは、明らかな差別だといわなければならない。 
 新しいチーム登録の種別は、どのようなメンバーで構成されるチームでも、みな協会加盟の一つの「クラブ」として扱い、協会の立場からは差別しない――という趣旨である。ただ、若い年齢のチームは登録料を安くしてあげよう、というわけで年齢別に分けるわけである。 
 協会の立場からは、加盟チームを差別しないけれども、一つ一つのチーム(クラブ)が「自分のチームは早稲田大学の学生しか入れない」とか「自分のチームは自衛隊員だけで構成する」というのは自由である。 
 また、大学チームだけが集まってリーグを作ったり、自衛隊員だけのチームだけで大会を開くこともできる。 
 このように考えれば、登録種別の変更は、そんなに大きな改革とは、いえないかもしれない。 
 ただ、スポーツに対する考え方という点からみれば、ここには本質的な違いがある。 
 これまで日本のスポーツ界では「単一の学校」や「単一の職場」でチームを作るのが本当で、それ以外は「特殊」なもののようにみられていた。 
 その考え方をひっくり返して「単一の学校」や「単一の職場」のチームのほうが、むしろ特殊なものだとみる立場が、新しい種別の基礎にある。         
 「大学生だけ」「自衛隊員だけ」というような特殊なチームによる「特殊大会」は、もちろんあってもいい。 
 だが、参加チームの性質を差別しないで行う一般選手権は、日本サッカー協会が自分の手で開かなければならない。 
 それが、すなわち天皇杯全日本選手権大会である。
 近い将来に、ユースや少年の年齢層でも、天皇杯のような「一般選手権」が争われるようになるかもしれない。  


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