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サッカーマガジン 1976年11月10日号
時評 サッカージャーナル

コスモスの中のペレ

メキシコのときのプレー
 神戸で行われたニューヨーク・コスモスの第1戦で“王様”ペレをマークした藤島選手が、次のようなことをいっていた。
 「ペレは試合中に走りながら手をあげて、ボールを出すべきところを指示してるんですよね。それがいつでも、いちばんいい場所をさしているんだな。驚いたなあ」
 そのこと自体は、別に新しい発見ではない。ペレが手をあげてパスを出す場所を指示している様子は、これまでにもテレビや写真で見た人が多いことだろう。また、ペレの判断力が世界の超一流であることは、いうまでもないことである。
 ぼくは神戸でペレのプレーぶりを見、藤島君の談話を聞いたときに、1970年メキシコ・ワールドカップの決勝戦、ブラジル対イタリアの試合で、後半41分にブラジルのあげた4点目のことを思い出した。
 このゴールは、すでにブラジルが3−1とリードし、残り時間も少なくなってからの追加点で試合を決定的にしたものではないけれども、中盤のドリブルに始まって、フルバックの攻め上がりに終わるスケールの大きい組み立てが、この大会で3度目の優勝をとげたブラジルの攻撃力を典型的に示すものとして、よく引用される。
 今度、ぼくが思い出したのは、この攻撃の組み立ての詰めの部分である(図)。
 左にまわりこんだジャイルジーニョ(7番)からのパスを、ペレ(10番)がゴールの正面で受けてゴールのほうを向いて足もとにキープする。
 そのとき、右フルバックのカルロス・アルベルト(4番)が後方から攻め上がってくる。ペレは、振り返りもせず、すぐにボールを右に出して、カルロス・アルベルトにゴールを決めさせたのである。後方からカルロス・アルベルトが攻め上がってきているのを、ゴールのほうを向いたままのペレがどうして知ったのだろうか。ペレには後ろにも目があるのだろうか、とびっくりさせられた場面だった。
 このタネ明かしを、ぼくにしてくれたのは、浦和南高の名監督、松本暁司先生だった。松本先生はメキシコのアステカ・スタジアムのゴール裏側の席で、8ミリを撮影した。「おもしろい場面がありますよ」と電話で聞き、浦和まで出かけて、そのフィルムを見せてもらいタネがわかったのである。
 ペレの前に走り込んだトストン(9番)が、ゴールを背にして立っている。そのトストンが左手をあげて、ペレの右側のほうを指でさし、後方からカルロス・アルベルトが上がってきていることを、ペレに教えているのだった。

三つの立場
 攻撃の場面で、プレーヤーには三つの立場がある。第一には自分自身でボールをキープしている場合。これは次にはパス(またはシュート)を出す立場である。第二にそのパスを受ける立場のプレーヤーがあり、さらに、そのどちらでもない第三の立場のプレーヤーがいる。
 図の場合、ペレは第一の、カルロス・アルベルトは第二の、そしてトストンは第三の立場だった。それぞれがみな、それぞれの役割をみごとに演じてみせた。
 メキシコのワールドカップのときのブラジル・チームには、この三つの立ち場を、どれでも完全にプレーできる選手が少なくとも3人はいた。ペレ、トストンそしてジェルソンだった。この3人がみごとに組み合わさって、リベリーノやジャイルジーニュのような個性的な選手を生かしたのだった。
 コスモスの神戸での第1戦でペレは、藤島君がいったように、第三の立場で的確な指示を出していた。しかし、ペレのねらったとおりに他の選手たちは必ずしも働かなかったので、ついに得点をあげることができなかった。
 東京での第2戦では、ペレは第一の立場からしきりにチャンスを作ろうとしていた。これはフリーキックからの1点にはなったがペレのプレーがゴールに結びついたのは、このときだけだった。
 コスモスの他のプレーヤーもけっして二流ではない。いずれもイングランドやブラジルで活躍したトップ・クラスのプロである。
 しかし、メキシコのワールドカップのときのトストンやジェルソンには及びもつかなかった。
 ニューヨーク・コスモスが、国際的な混成チームであることも、ペレのプレーを浮き上がらせる原因になっていた。多数を占めるイギリス系の選手たちと、南米系のペレ、ミフリン、モライスの3人と、イタリアのキナーリャが、三つに分かれて、うまく溶け合っていなかった。
 このコスモスの中のペレを見てはじめて、1970年のワールドカップでみせたペレのすばらしさの秘密の一つに気がついた。
 メキシコのブラジル・チームの中では、ペレが第一の立場にいるときも、第二、第三の立場にいるときも、それぞれ別の立場を、ペレと同じくらいにやってくれるプレーヤーがいた。それがブラジルの強さだったことを、6年たったいまになってあらためて発見したのだった。


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