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サッカーマガジン 1976年11月25日号
時評 サッカージャーナル

あわや“没収”のトラブル

永大が悪いのは明白
 幸か不幸か、ぼくは問題の試合は見なかった。      
 試合中に選手たちがレフェリーを取り囲み“集団暴行”みたいにけったり、こづいたりしたんだという。そんな不愉快なシーンを、見ないですんだのは、1人のファンとしては幸いだった。 
 だがジャーナリストとしては、日本のサッカーの公式戦ではおそらく初めての試合中断、あわや没収試合という、この事件を、自分の目で見ないでいて論評しなければならないのは、不幸というか、残念だ。
 しかし、記者席で事件を目撃し関係者から取材をした同僚たちの話を聞き、日本リーグのとった処置については直接取材もしたので、まず筋道は的確につかんでいるつもりである。
 10月8日に東京・国立競技場で行われた古河−永大の試合で起きたこの事件。ぼくの聞いたところでは、経過は次のようである。
 古河が先取点をあげ、永大が前半39分に1−1の同点に追いついた。その直後に永大のジャイロが安田主審に次のようにいったのだそうだ
 「古河ヤスいけど、審判はヘボね」
 はたして、この言葉どおりだったかどうかを争っても、いまとなっては水掛け論だし、たいして意味はない。安田主審は、これを審判侮辱の暴言ととり、すぐに赤紙を出して退場処分にした。これは当然の処置だと思う。審判侮辱と受けとられるようなことを面と向かっていえば、本人がどういうつもりだったかにかかわりなく、退場させられても仕方がない。
 ジャイロに赤紙が出ると、まわりにいた永大の選手たちが、安田主審を取り囲んで、くちぐちに文句をいった。スタンドからみても不穏なふん囲気だったらしい。両手で主審を押したり、足でこづいたりしたのを、はっきり見たという。押したり、こづいたりしたかどうかにかかわりなく、主審を取り囲んで文句をいうだけで、サッカーのルール違反であり、許されないことである。
 安田主審はたぶん「身の危険を感じた」のだろう。試合続行不可能とみて、赤紙をふりかざしながら自らフィールドを引き揚げ、選手たちにも引き揚げるようにゼスチュアで示した。これは多くの人たちがスタンドでみていて「没収試合だな」と感じたようだ。
 このあと25分たってから、リーグの運営委員たちの説得で試合は再開され、結局2−2の引き分けに終わったが、もし、そのまま没収試合になっていたら、日本のサッカーでは、これまでに聞いたことのない不祥事だった。
 この事件について、さまざまな意見をいう人たちがいる。
 「主審のフエの吹き方が神経質過ぎたんだ。それで永大の選手たちがいら立っていたんだ」
 「取り囲まれてこづかれたんだから、そういう選手たちをつぎつぎに退場させるべきじゃないか」
 「没収試合にするつもりだったとしたら安易すぎる。あくまで試合を継続する努力をしなくちゃ」
 「運営委員が主審の処置に介入して、試合を再開させたような印象もあった」
 しかし、いろいろな見方があるにしても、それらはみな付属的なことで、永大の選手たちが「主審を取り囲んで文句をつけた」のがこの事件の最大の問題である。永大が悪いことは間違いない。

違反は割引できない
 かりに主審がヘタであり、運営委員の介入の仕方がおかしかったにしても、そんなことは「永大の悪さ」をすこしも割引はしない。
 永大の悪さが「10」だったとして、審判や運営委員の不手ぎわが「5」あったから、差し引き、永大の悪さは「5」におまけできるという性質のものではない。「試合中に主審の処置に抗議しない」ということは、サッカーのルールに明記してあるだけでなく、サッカーをやる者はだれでも知っていなくてはならない「精神」である。バナナのたたき売りじゃあるまいし、悪質な違反を、簡単におまけしてすませることはできない。
 そういう点からみると、日本リーグが10月14日に、緊急常任運営委員会を開いてとった処置は、どこかに気がねしているような印象を与える。退場させられたジャイロは、次の試合の出場を止められたが、退場選手は自動的に1試合出場停止にすることになっているから、これはふつうの処置である。
 このほか、チームを統率すべき立ち場にあった塩沢監督と中村主将も、1試合の出場停止にした。これくらいの処分は当然で、きびしすぎるということはない。
 奇妙なのは、日本リーグの責任者が、できればこの処置を新聞に公表しないですませたい、と考えたらしいことだ。
 記者仲間の1人が「おかしい」と厳重に申し入れた結果、体協の記者クラブで発表はしたのだが、くさいものにはフタをし、仲間うちで傷をなめ合ってすまそうという気持だったとしたら心得違いだ。
 「ふたたび同じような試合態度を繰り返したらリーグから除名することもある」というくらいの強い警告を出し、それを公表して「悪いものは悪い」と、大衆の前ではっきりさせるくらいの気構えでなくてはならない。
 リーグは、永大に対する処分と同時に「審判のとった態度も不適当だったと思われるから、適切な対策をとってもらいたい」と協会に対して申し入れた。
 主審の態度については、ぼくにも意見はあるが、同時に取り上げては「永大の悪さ」を割引くような印象を与える。これはこれで、あらためて論じたほうがいいと思う。


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