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サッカーマガジン 1976年6月25日号

「モスクワ目ざして身体を張れ」
日本代表チーム二宮新監督に聞く   (2/2)  

レンガ職人のつもりで一つ一つ 
牛木
 日本代表チームが落ちるところまで落ちてしまった、という現状認識からスタートしなければならないと思うけど…… 

二宮 4月の末の技術委員会では、抽象論、具体論、いろいろの意見が出たんですが、大きくいえば、精神的にも、技術的にも、戦術的にも日本のサッカーは原点に帰るべきだという結論でした。 

牛木 原点とはなにかが問題だな。 

二宮 いろんな問題があると思いますね。たとえば、経験する試合の数が絶対的に少ない。ドイツやイギリスあたりの一流選手は年間に100試合くらいするのに、日本ではせいぜい30試合ですからね。 

牛木 プロじゃないから、あまり試合数をふやすと選手の負担が大きくなりすぎるという意見もある。 

二宮 そこでシーズン制を確立することをぜひお願いしたい。 

牛木 国内のリーグと代表チームの日程はどこの国でも、むずかしい問題なんだ。 

二宮 単独チームとの協力関係を密にしなきゃいかんですよ。日本代表チームのほうから、「こういう構想でチーム作りをしている」「こういう線で選手を強くしてほしい」という方針を単独チームにはっきり示して、協力をお願いしようと思っています。単独チームのほうが、「うちのこの選手には、こういうことを期待されているな」ということを知って練習させられるようにする。選手自身も、「おれは、これだけのことをやれれば、あいつを抜いて全日本のレギュラーになれるんだな」というようなつもりでやれるようにしたい。

牛木 代表チームに行ったら選手をこわされたとか、単独チームは選手を育ててないとか、おたがいに足を引っぱり合うようでは困るよね。 

二宮 なんでもかんでもということではなくて、一つか二つにしぼって、この選手の課題はなんだということを一つ一つツブしていく。キメこまかくやる心要がある。代表チームと単独チームの間で、選手の受け渡しを明確に、緊密にやれるようにしたい。

牛木 三菱は代表選手をたくさん出していたんだが、代表チームとの連係は、これまではうまくいってなかったと思っているわけだね。 

二宮 それは猛烈に感じてますよ。 

牛木 だけど二宮君も、これまで技術委員会のメンバーで、従来の技術委員会は、いわば代表チームと単独チームの連絡を緊密にするためのものだったんだから責任は免れないんじゃないの。 

二宮 もちろん、いままでぼくは関係なかったんだなんて無責任なことをいうつもりはないです。でも、この間の技術委員会は10カ月ぶりに招集されたものですよ。 

牛木 たしかに近年は技術委員会が名目だけのものになってたみたいだね。委員の選び方なんかも、ぼくには納得のいかないものがあった。 

二宮 それはともかく、これからは、たとえばこんなことをやりたい。日本リーグや大学リーグのシーズン中でも、週に2日ぐらいは代表チームとしてのトレーニングをやりたい。むずかしい点はあるでしょうけど、おたがいに協力してやれる体制にしなければ、どうしようもないですよ。理想論もいいけど。小さな努力を積み重ねて大きな目標に達するようにしたいと思います。 

牛木 それはそうだね。 

二宮 監督を引き受けたあとサッカー協会の理事会でいったんですよ。私は高級住宅の設計技師になるつもりはない。レンガ職人になって、一つ一つレンガを積みあげて家を作るつもりだと。頭の中で設計図をひくよりも、行動しながら修正していきたい。  

守りを徹底させカウンターをねらう 
牛木
 来年にはワールドカップ予選があり、その次にはアジア大会がある。その翌年はもうモスクワ・オリンピック予選がある。そうのんびりしていられるわけじゃないね。 

二宮 そうですよ。でも一歩一歩やらなきゃならない。たとえば4年後のモスクワ・オリンピックのためには、明後年のアジア大会は捨ててかかろうじゃないかという議論もある。しかしぼくは、そう思わない。勝たなくてもいい大会なら出なくても同じですよ。勝たなくていいと思ったら甘えが出る。負けたときには「いや、この大会は最終目標じゃないんだから」といいわけもできる。でも、ぼくは、そんなもんじゃないと思いますね。一つ一つに最善を尽くしていかなければ意味ないですよ。今度のマンチェスター・シティとの試合でも、そりゃランクからいったら問題にならんでしょう。でも勝つことを目標に真剣に取り組みたいと思う。監督になったばかりで準備期間がなかったとか、自分の思いどおりに選手を集められなかったとか、泣きごとはいいたくない。

牛木 もちろん一つ一つに真剣に取り組むことは必要だね。だけどモスクワ予選が3年後にあるわけで、そのときに21歳になっている選手が代表になる可能性は十分にあるでしょう。とすれば、その選手はいま17歳か18歳の高校生であるわけだ。それを考えたら、いまのうちから3年後、4年後のイメージをもって選手を起用していくことも考える必要があるんじゃないか。 

二宮 それはもう、モスクワ・オリンピックの出場権をかちとるのは大前提です。ユース、ジュニア、代表チームというように段階を踏んで、計画的にきたえていくようにしたい。今度、代表チーム監督を中心にした強化部がユース、ジュニアもあわせてみることになったのは、ありがたいと思ってます。できるかぎりユースやジュニアの試合にも、なんらかの形でついていきたいと考えています。

牛木 そこで、どのような日本代表チームを作るつもりかを聞きたいね。

二宮 正直いって現在の日本のサッカーの持ち駒で、ヨーロッパのプロ相手ではもちろん、アジアの中でもボールを相手よりうまくコントロールし、中盤を圧倒的に支配して主導権を握るというような試合はできない。そこでまず、守備を徹底させることからはじめたい。

牛木 なるほど……。 

二宮 それはね。もちろん攻撃的サッカーが望ましいですよ。しかしボールが味方のものにならなかったら攻撃はできない。押されっ放しで攻撃はないですよ。まずボールを奪い返すこと、そのためにチームとして守りに統一された意思があり、ちょっぴりでも自信がなけりゃならない。だから今度のマンチェスター・シティとの試合では、短い期間だけれども、守りの基礎の見直しをしたいと思っています。 

牛木 そして攻撃は?

二宮 守りのうえにカウンターアタックを武器にする。中盤でゆっくりパスを組み立てる場面もあるだろうけれど“チョップ、チョップ、アザーサイド”(短いパスをつないだのち逆サイドへ長いパスを送る)というのを型にはまった公式みたいにして試合をしているわけにはいかない。 

牛木 スピードのある選手が必要だね。 

二宮 永井、高林、高田、藤口あるいは奥寺あたりもやれると思う。いろいろ問題のあることは知ってますよ。しかし彼らがある程度のことをやれるようになったらカウンターアタックによる得点は夢でない。単純な走る速さ、切り換えの速さ、スピードの中でボールをある程度正確に扱える能力――そういう選手をきたえるような方向づけをしたい。

現場で泥まみれになってやる
牛木
 日本代表チームの監督になったら、日本サッカー協会の理事にもなるの?

二宮 いやあ、そんなことはないでしょう。

牛木 率直にいうと、ぼくは代表チームの監督が理事になるのは反対だな。監督は、いわば日本代表チーム強化の仕事を、協会と契約して請負うようなものだ。ヨーロッパや南米では実際に契約しているわけだ。契約の当事者が協会の理事になってもう一方の当事者になるのはおかしいよ。 

二宮 理事なんて身分不相応ですよ。 

牛木 身分不相応なことはないけど、仕事の性質が違うんだよ。 

二宮 本当にそうですね。 

牛木 監督は協会の理事会に対して、要求があれば遠慮なく要求しなくちゃいけない。理事をかねていては、それができない。長沼前監督が理事をかねていたのは、いまと状況が違うから、いちがいに悪かったとはいえないけれども、それでも、たとえば合宿をしたいとか、ヨーロッパ遠征をしたいとか考えたときに、協会理事としては、「いま財政難だからダメだなあ」なんて自分で遠慮することになりかねない。本当は監督としては、協会に要求すべきことは、がんがん要求すべきなんだ。その要求をいれるかどうかは協会理事会が判断する。そういうようにしないと責任が明らかにならない。 

二宮 ぼくはもう現場に集中してやる方針ですよ。練習はコーチに任せて、腕組みして見てるつもりはない。走りながら、泥まみれになりながら、選手といっしょにやりたい。そういうやり方がいいかどうかには意見があるだろうけれど、ぼくは現場でやりますよ。 

牛木 コーチの人選なんかは、監督に任されているの?

二宮 ええ。そうなんです、それはね。協会の幹部の方が若返ったこともあるし、現場の経験をもった方が役員になって、自分の経験上からやりやすい体制を作ってやろうということでね、バックアップしてくださってるわけです。だから客観情勢は悪いようだけれども必ずしも悲観材料ばかりじゃないと思いますよ。  

牛木 話は違うけれども、釜本君にはまだまだやってもらうつもり?  

二宮 よく「アマチュアの選手には引退はない」なんていいますね。リュウ坊(杉山隆一選手=現ヤマハ監督)が三菱を引退したときも、そんなこといわれたりして……。それはまあ考え方はいろいろだけれども、35歳、36歳になってもいここぞというときの得点源として、あるいは中盤でぶらぶらしているようにみえて突然躍り出るというようなプレーヤーとして、まだまだ活躍するかもしれない。

牛木 むずかしいところだな。  

二宮 釜本と十分に話し合ってみたいと思いますよ。とにかく、あれだけの選手なんだから……。いままではなにしろライバル・チームのエースでね。あいつがこっちにいたらな、なんて思ったこともあるくらいで……。ぼくは三菱で杉山、片山、横山、森など個性の強いベテランといっしょにやってきた。しかし、杉山にしたって、あいつの顔色をうかがいながらやったとか、向こうがいうことを聞かなかったなんてことはなかった。その点は幸せでしたね。釜本君とも十分理解し合ってやっていけるし、釜本君にやってもらいたいと思いますね。

牛木 どういうチームを作って、どう戦うかは、まったく監督の権限であり責任なんだから、今後4年間、他のことを考えずに身体を張ってやってもらいたいな。

二宮 それはもう身体を張ってやります。

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