アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1976年6月10日号
時評 サッカージャーナル

ブラック・ユーモア

ユース大会の身勝手
 バンコクのアジア・ユース大会で奇妙な出来事があった。詳しくは現地からの報道が本誌にも載ると思うから、ここでは話を進めるために必要な程度に、簡単な筋道だけを書いておく。
 予選リーグC組の試合は日本、朝鮮民主主義人民共和国、地元タイの3チームだったが、このC組の試合がみんな引き分けに終わって三者同率になった。
 こういう場合は、抽選により準々決勝進出チームを決めるというのが、大会規定だったそうだ。ところが大会当局は、この規定を無視して、Cグループの3試合をもう一度やりなおすことにして、決勝戦の日どりを延期し、日程を組みなおしてしまった。
 「おかしいじゃないか。大会規定どおり抽選にしろ」
 と日本が抗議したんだそうである。現地の特派員からの報道によれば、日本は「抗議がいれられなければ、試合を放棄して引き揚げる」とがんばったという。
 この特派員電を見て、ぼくはちょっと心配になったからサッカー協会に電話した。新専務理事の長沼健さんが電話口に出てきた。
 「日本チームが現地で、総引き揚げだなんて息まいてるらしいけど大丈夫なの? ほんとに引き揚げたりしたら大問題ですよ」
 「いやいや、そんなことはありません。バンコクの日本チームと国際電話で連絡をとったけど、規則どおりにやらないのはどういうわけかと厳重に問い合わせているだけで……」
 「引き揚げも辞さない決意であるとして抗議しているわけだ」
 「そういうわけだけれども、再試合に決まれば、ちゃんと試合はやります。多和さんが団長で行ってるから大丈夫」
 そうだったのか、とぼくもいささか安心した。若い監督、コーチが、地元の身勝手にカッとなってるんじゃないかと心配したが、団長の多和健雄氏は温厚で思慮深い大学教授だから分別を誤るはずはない。
 たしかに大会規定を勝手に変えるのは“けしからん”ことに違いない。けれども、日本のユース・チームにとっては、再試合も悪くない――と、そのときに考えた。
 「もう2試合余分にやらせてくれるというんだから願ってもないことじゃないの? 若い選手に経験を積ませるのがユース参加の目的なんだから……」
 とぼくがいったら、新専務理事は「まったく、そうだね」と、電話口で苦笑いしていた。
 かりに規定どおり抽選で、3チームの中から準々決勝進出の2チームを選ぶにしても、日本がはずれる可能性は3割3分3厘はあるわけだ。抽選が公正に行われるとしても――である。
 再試合は規定違反ではあるけれども、日本はとにかく試合の経験は積むことができるわけだ。しかも地元のタイとアジアの強豪朝鮮とを相手に、緊迫した真剣勝負ができる。また、2度目の対戦だから、前の試合の反省を生かして工夫することもできる。こういうことは、若いプレーヤーにとっては、なかなか得がたい経験ではないだろうか。
 さらにいえば、抽選ならベスト8に出られるかどうかは、まったく運任せだが、再試合では相手をやっつけさえすれば実力で進出できる。男ならここは「いざ勝負」である。

引き揚げるのは論外
 以上のような意見を述べたら、友人に正義派がいて「お前の話はブラック・ユーモアみたいで、いやな感じだな」という。「不正を容認して、しかもそのほうが好都合だというのは気に食わん」
 説によると今度のC組のリーグは、日本を落としてタイと朝鮮を進出させたいという地元の意図がありありとしていたという。
 タイは地元だから上位進出を願うのは当然である。また中国と朝鮮のチームがバンコクのスポーツ大会にきたのは初めてで、この2チームは今回の大会の呼びものだったらしい。したがって観客を集め、興行収入をあげるために、日本より朝鮮に勝ち残ってもらうほうが都合がよかったようだ。
 サッカーの場合、観客動員と興行収入は、どんな大会でも無視しえない要素である。抽選でなく再試合をしようというのも、好カードを三つふやして増収をはかろうというねらいに違いない。
 ともあれ、どのように仕組まれようとも、試合で相手をコツンとやっつければ、だれも文句はいえないはずである。もちろん、敵地に乗り込んでの試合だから、この大会に限ったことではないが、いろいろ不利な条件は、つけられたかもしれない。だから、こういう大会で優勝するには、相手と五分五分の試合をしている程度ではダメで、七分三分の実力で互角くらいの覚悟でないと、自信をもって相手をコツンといわせることはできない。
 世の中には“正論”ばかり述べ立てても、どうにもならないこともある。実力で不正を粉砕する必要もある。そういう厳しさを知ることも、一つの勉強である。
 「頭に来たから引き揚げる」というのは論外である。
 かりに不正をするような相手であれば、引き揚げたくらいで今後改めるはずはない。将来のために厳重抗議をして辛抱強い努力をするより仕方がない。
 とはいっても、ぼくは地元のタイが不正を仕組んだと信じ込んでいるわけではない。地元バンコクの新聞には八百長だというような記事が出たらしいが、サッカーの関係者が自ら、証拠もなくて、そのようなことを口走るのは、スポーツの名誉のためにも慎まなければならない。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ