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サッカーマガジン 1976年3月10日号

東欧の強豪ブルガリアのサッカーと選手育成法
日本もブルガリアもサッカーをはじめるのは10歳ぐらいからだが…          (1/2)   

 初めて来日したワールドカップ4回連続出場の強豪、ブルガリア代表チームは、レベルの高い個人技と、鍛えぬかれた強さを見せてくれた。3月からのオリンピック予選のための強化をはかる全日本チームにとっては、このうえない経験であり、よきお手本となったことだろう。 
 彼らのようなチームを作るために、ブルガリアでは、どのような選手育成法をとっているのか、少年プレーヤーの大会などはどうなっているのか、また、全日本とのゲームを通じて見た日本サッカーへの率直なアドバイスなどを、来日チーム監督のストヤノフ氏、国際的スターのデミタル・ペネフ選手(FB)、フリスト・ボネフ主将(HB)に聞いてみた。(1月31日 東京プリンス・ホテル)

●出席者
ストヤン・ペトロフ・ストヤノフ(ブルガリア代表チーム監督)
デミタル・ペネフ(1966、70、74年ワールドカップ出場、FB、チェスカ・ソフィア) 
フリスト・ボネフ(1970、74年ワールドカップ出場、HB、ロコモチフ・プロブティフ)
牛木素吉郎(読売新聞運動部) 
通訳 ピーター・パパゾフ (ブルガリア大使館アタッシェ)

日本チームはスピードがある
牛木 皆さん、日本にこられたのは、はじめてだということですね。最初に日本の印象から、おうかがいしましょうか。 

ストヤノフ 10日ばかりの滞在の間、ほとんど練習と試合と旅行で、あまり日本の生活を見る機会はなかったんですけれども、第2戦のあとで京都観光をさせてもらいました。古いお寺や神社を見学して珍しかったし、印象深く感じました。日本旅行の思い出として京都と日本人の人柄が残ると思います。 

牛木 京都はいい町ですね。私は1973年にオリンピックの会議の取材でブルガリアを訪問したことがありますが、ソフィアのエレガントなふんい気にくらべられるのは、日本では京都だと思う。 

ペネフ ぼくはソフィアの生まれです。

ボネフ ぼくの育ったのはプロブティフという町でブルガリア第2の都市です。ソフィアは日本の東京にあたるんでしょう。日本の京都にあたるのはプロブティフですよ。 

牛木 きょうは皆さんの日本のサッカーについての印象と批評をブルガリアのサッカーと比較しながら、うかがいたいわけです。まずストヤノフ監督に、日本代表チームについての批評をお願いしたいのですが。 

ストヤノフ 第1戦をやってみて日本代表チームについて感じたことが、その後も変わっていません。それは日本のチームが、いいプレーをするのでびっくりしたということです。どんな点がよいかといえば、まずスピードがあるということ、次に非常に爆発的にプレーできること、つまり、ゆっくりやっていて急に激しいプレーをすることができることです。それから日本の選手たちは、非常にやる気がある、士気が高いということを感じました。 

ペネフ ぼくは日本のサッカーについて、メキシコ・オリンピックのときにテレビで見たことがあり、メキシコに行ったブルガリアのオリンピック・チームの選手に聞いたことがあるけれども、想像していたより、ずっとスピードのあるチームだ。近代的なサッカーにはスピードが必要だ。気にいった選手は、あのセンターフォワード……。 

ボネフ カマモトだね。 

ペネフ そう。釜本はすばらしい。それから第1戦で右のウイングをやった選手もよかった。 

牛木 永井ですね。 

ペネフ もう一つ、日本のチームの当たりの強いことも印象的だった。 

ボネフ ぼくの印象も、監督とペネフ選手のいったことと同じだ。つけ加えれば、日本の選手は、ボールをとったら絶対に相手に渡さないという気迫があるのがいい。

牛木 そうでしょうか。ぼくの感じでは、せっかくボールを奪いながら、すぐブルガリアにプレゼントした場面がかなりあったようだけど――。

ボネフ それはサッカーでは、ときには起きることだ。ボールはまるくて、どちらに転がるかわからないんだから(笑い)。

テクニックを向上させなければ 
牛木 
皆さん、なかなか外交辞令がうまいんですけれど、日本のサッカーの将来のために、もっと率直なアドバイスをしてください。

ストヤノフ 日本のチームはスピードがあると思う。これは率直な感想です。しかしもちろん、スピードがあればすべてよしというものではない。テクニックの面をもっと向上させなければならない。それにチーム全体としては、それぞれの選手のプレーのコンビネーションは、これからよくなる余地がまだある。戦術的にも足りない点があるのではないかと思う。こういう点を日本チームが、これから学んでいくのは、そう簡単ではない。しかし方法としては、そう面倒なわけでもなく、いろいろな外国のチームとつきあって国際試合の経験を重ねてゆけばいい。 

牛木 日本のサッカーの欠点は、いろいろあると思うんですが、もっとも基本的な問題は、選手一人ひとりのボール・テクニックが十分でないことです。ブルガリアのチームの選手たち、特にボネフ選手などの正確ですばやいボール・テクニックに比べると日本のサッカー選手は非常に見劣りするように思われるんですが……。 

ストヤノフ そう、それはもっとも大きい問題に違いない。しかも、これを解決するのには簡単な方法はない。サッカーを子供のときからやるという以外にない。 

牛木 ペネフ選手やボネフ選手は、いくつくらいのときにサッカーを始めたんですか。 

ペネフ ぼくは10歳から。 

ボネフ ぼくも10歳から。だけど、これは10歳からちゃんとしたクラブにはいって組織の中でサッカーをやりはじめたということでサッカーのプレーそのものは、もっとずっと物心つかないころからやってました。 

ペネフ 日本の子供たちは、いくつくらいからサッカーを始めるんですか。 

牛木 日本でも最近は10歳くらいからサッカーをはじめます。しかし日本では主として学校単位でサッカー・チームを作るので、小学校から中学校、さらに高等学校と進学するたびに、チームがばらばらになって新しくやりなおすことになる。受験勉強のために中断したり、上級に進むとスポーツをやめたりする子供が多くなる。それが悩みのタネです。 

ストヤノフ 日本は野球やバレーボールなどいろんなスポーツが盛んだから素質のある少年たちがサッカーをやらないということがあるのではないですか。 

牛木 それもあります。なんといっても日本はプロ野球がいちばんの人気スポーツで、少年たちはまず野球にあこがれます。 

ボネフ ああ、野球ね。ブルガリアでも最近は、バレーボール、バスケットボール、ハンドボールなど、いろいろなスポーツをやるようになって、少年たちをサッカーだけにひきつけて、選ぶわけにはいかなくなってきています。 

ストヤノフ しかし、そうはいってもブルガリアでは、サッカーがいちばんのナショナル・スポーツですから、少年たちは幼いときからサッカーをして遊び、テクニックを身につけるわけです。


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