アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1976年2月10日号
時評 サッカージャーナル

さあモントリオールの年

ある年賀状
 数年前のヨーロッパ旅行中に偶然知り合った2人のお嬢さんから年賀状をもらった。2人とも老人福祉施設で働いていて、せっせとお給料をため、たまるとあり金はたいて外国旅行をするのが趣味である。
 「今年の夏は、そろってモントリオールに行きます。フォロムの近くに、もう下宿を予約してあります」         
 と書いてあった。
 フォロムというのは、モントリオールの町のまん中にある公会堂のことである。オリンピックのときには、ここでバレーボールの決勝などが行われる。2人のお嬢さんは熱心なバレーボールのファンだから、早くもその近くに宿を確保したわけである。
 熱心なサッカーのファンであるぼくとしては、こういう年賀状をもらうと心穏やかではない。
 「うーむ、残念」
 という気持である。
 若い女の子がせっせと貯金をしてモントリオールまで出かける。 それが日本のサッカーを応援してくれるためだったら、どんなにうれしいか知れない。しかし、日本のサッカーがモントリオールヘ行けるかどうかは、これからであって、しかも見通しは必ずしも明るくはない。
 日本のバレーボールは、前回のミュンヘン・オリンピックで男子は金メダル、女子は銀メダル。その実績で予選を経ないでも、自動的に今年のモントリオール・オリンピックヘの出場権が与えられている。
 それにくらべて、サッカーはどうか。
 日本のサッカーは、これからアジア地域第3組の予選をして、フィリピン、韓国、イスラエルを破らなければならない。出場権を獲得するのが、まず先決だから、メダルをねらうなんてのは、まだまだ遠い夢である。
 「サッカーは世界でいちばん盛んなスポーツだし、どこの国でも力を入れているなあ。予選に勝つだけでも容易じゃないよ。バレーボールはソ連など東欧のひと握りの国だけが相手だもの。楽なもんだよ」
 と、ぼくは心の中で舌打ちをした。
 けれども、実をいえば、こういう考え方は公平でない。
 たしかにサッカーは、世界でもっとも普及したスポーツである。 オリンピックの予選を、特別に2年がかりでやっているのは、サッカー以外にはない。他のスポーツでは、世界選手権などの実績によって、主な出場国は予選なしに決めてしまっている。
 また、世界のほとんどの国が、サッカー・チームの強化にもっとも力を入れているのも間違いない事実だ。自分の国のサッカー・チームが出場していなければ、オリンピックには興味がない、という国はたくさんある。
 だが、このように世界でもっとも盛んなスポーツであるから、サッカーがオリンピックの中で特別に優遇されていることも、忘れてはならない。
 たとえば、モントリオール大会のサッカーには16カ国が出場するが、バレーボールやバスケットボールの男子は12カ国である。
 バレーボールやバスケットボールには、他に女子種目があるが、男子だけのホッケーもモントリオールには12カ国しか出られない。そのために、日本のホッケーはすでにモントリオールに行けないことが確定している。

サッカーの予選は容易ではないが……
 オリンピックの主催者であるIOC(国際オリンピック委員会)では、このように普及度を考えてサッカーを特に優遇しているが、それに加えてサッカー競技の主催者であるFIFA(国際サッカー連盟)は、オリンピックに関してはアジアに対して特に考慮をはらっている。
 プロもアマチュアも参加するワールドカップでは、アジアとオセアニア(オーストラリアやニュージーランドなど)からわずか1チームしか決勝大会に出場できない。これはプロフェッショナルの盛んなヨーロッパや南米の競技レベルが格段に高いためである。
 しかし、アマチュアだけのオリンピックの場合は、アジア・オセアニアに3チームが割り当てられている。そのぶんヨーロッパや南米のワクを削っているわけである。
 ワールドカップは、最高度の競技水準を世界に知らせるための大会である。一方、オリンピックは競技レベルの比較的低い地域のサッカーを盛んにし、アマチュアのサッカーを奨励するという目的をもっている。アジアやアフリカからの本大会への出場チーム数を、ワールドカップの場合よりも優遇してあるのは、そのためである。
  アジアの国である日本のサッカーは、以上のような事情を考えると二重の優遇を受けていることがわかる。
 だから、韓国、イスラエルを相手にする予選がきびしいものであるからといって、バレーボールなど他の競技をうらやむのは筋違いだといわなければならない。日本代表チームは死力を尽くしてモントリオール・オリンピック出場権を獲得する努力をしてほしいし、ぼくたちも、あらゆる手段を尽くして応援したい。 
 モントリオール予選の勝敗に、日本のサッカーの将来がかかっている、というようないい方は、ぼくはしたくない。一つの大会に負けたくらいでダメになるような国のスポーツは本物ではないからである。
 しかし若い女の子が「せっかくアジアで勝ったんだから、モントリオールまで応援に行きましょうよ」というようになってくれれば万々歳である。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ