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サッカーマガジン 1976年3月10日号
時評 サッカージャーナル

「ペレのサッカー」

超一流の外交官
 5、6年前、プロ・ボクシングに、藤猛というハワイ生まれの世界チャンピオンがいた。日系の三世で、日本語はほとんど話せなかった。
 その藤猛が、タイトルマッチに勝ったあと、新聞記者に感想を聞かれ「カッテモ、カブッテモ、ヒモヨ」と答えて大笑いになったことがある。「勝ってカブトの緒を締めよ」という日本のことわざをあらかじめ教わっていて、そのとおりにいおうとしたのだが、うまく思い出せなかったわけだ。
 藤猛の場合は、言い損ないがかえって愛嬌になって人気を高める結果になったけれども、同時に、こういうスターたちが記者会見の席でしゃべる気のきいた言葉は、あらかじめ誰かに教え込まれた台詞であるという演出の舞台裏を世間に公開することになった。
 ブラジルのペレが、一昨年の11月にペプシコーラの少年サッカー教室のため日本にきたとき、記者会見で「日本にはオトコノハナミチという言葉があるではありませんか」と語って、ぼくたちをびっくりさせた。ちょうどサントスFCから引退した直後で、なぜ引退したのかを聞かれて、こう答えたのである。
 このペレの言葉を聞いたとき、ぼくは藤猛の例を思い出して「ははあ、くる途中の飛行機の中で、誰かに台詞を教わったな」と疑ったものだ。日本語を知らないペレが、あまりにも適切に日本のことわざを引用したからである。
 ところが、最近知ったのだが、ペレの「男の花道」は、あらかじめ誰かに教えられた“台詞”ではなかったらしい。
 熱心なサッカー・ファンの会である日本サッカー狂会の会報「FOOTBALL」の最近号に、こんな話が載っている。
 なぜペレが「男の花道」という日本語を覚えたかという種明かしだが、日本の第一勧業銀行が「ハート」という社内報を出していて、その新年号企画で、サンパウロ駐在員がペレと対談をした。そのときに第一勧銀の人が「ペレさんの引退は、日本でいう“男の花道”という感じですね」といって、この言葉の説明をしたところ、ペレは「実にいい言葉ですね。覚えておきます」と、答えたのだという(太田一二氏のアルゼンチン便りから)。
 これを読んで「うーむ」とぼくはうなった。マネジャーか誰かに教えられた台詞だろうとカンぐったのが恥ずかしい。サンパウロでやった対談の席で出た言葉を覚えておいて、東京での記者会見で使いこなすなんて実にみごとだ。
 ペレは、サッカーの選手として超一流の身体的能力を持っているだけでなく、外交官としても超一流のセンスを持っている。藤猛の楽屋落ちに比べたら、月とスッポンである。
 ペレは、この1月下旬にも、本田技研とCMの契約をするために来日した。そのときの記者会見の応答もあざやかだった。
 「サッカーは頭でするものか、足でするものか」という禅問答のような質問に、ペレはちょっと考えから「スポーツは、なによりも、まず心でするものです」と答え、それからさらに、こう付け加えた。
 「もちろん、頭も使います。足だけでボールをけったら、どこへ飛んで行くかわかりませんから」
 当意即妙、それでいて行きとどいている。実にうまい。

ボールヘの愛情
 ペレは今度の来日の機会に、国立競技場で「サッカー教室」の指導をすることになっていた。ところがカゼで40度の熱を出して行けなくなった。
 代わって、ペレのトレーナーであるジュリオ・マゼイ教授が指導したが、ペレはマゼイ教授を通じて、出席した80人の少年たちに「この次に来日したときは、必ず皆さんを招待します」という約束を伝えた。そして自分の著書「ペレのサッカー」の日本語版(講談社刊)にサインをして、1人1冊ずつプレゼントした。こういうあたりも、まったくソツがない。
 ところで、この「ペレのサッカー」の原書は「JAGANDO・COM・PELE」(ペレといっしょにプレーしよう)というポルトガル語の本である。
 有名人の名で出ているこの種の本は、記者会見のときの台詞のようなもので、実際には別のライターが書き、スターの名前だけ借りたものが多い。
 しかし、このペレの本の場合は正真正銘、ペレ自身の本であるとぼくは信じている。なぜなら、あの記者会見のときにみせる当意即妙の機智と、サッカーヘの深い愛情と誠実さが。この本の中にあふれているからである。序文の中にあるように、マゼイ教授の協力で本にまとめられたものであるが、内容は疑いもなく、ペレ自身のものである。
 実は、この本の日本語版を出すときに、ポルトガル語の専門家が訳したものを、英訳本と見比べながら点検し、リライトする仕事をぼくが引き受けた。
 ポルトガル語からの直訳と英訳本を読み比べてみると、いろいろ興味深いことに気がついた。
 たとえば「ストッピング」の項のタイトルに原語では
「AMORTECIMENTO」とある。AMOR(愛)という言葉から出て
「やさしくする」「弱める」という意味らしい。英語版には
「KILLING THE BALL」とある。直訳すれば「ボールを殺すこと」となる。
 日本語版には「ストップ――手なずけること」としておいたが、適切でないかも知れない。「アモールテシメント」という原語の響きが、ペレのボールに対する愛情をリズミカルに伝えているような気がする。


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