フリーキック・目次
HOME

 

 


◆フリーキック

W杯取材記者落第てん末記 (2/3)        
(中条 一雄 2006/10/10)


 すぐに盟友の牛木素吉郎君(読売新聞OB)に、メールで「君ともドイツで会えなくなったよ。取材申請を拒否されたよ」を伝えたら、折り返し返事がきた。
「実は、ボクも拒否されました」
エェッ、そんな無茶な。「驚愕」だ。

 牛木君は1970年メキシコ大会以来、すべての大会を取材し、そのルポをコツコツと、いろんなところに書き続けてきた。翻訳も多い。日本の愛好家に「ワールドカップとは何か」を、説得力ある文章で、こと細かに紹介しつづけてきた第一人者であり、最大のエキスパートではないか。
 世界中を旅し、いまなおマニアのサークルを開いたり、雑誌にも書き続けている。日韓ワールドカップでは、日韓の担当記者を集めてシンポジウムを開いたり、大会中は読売新聞に寄稿した名文を読ませてくれた。ワールドカップのウンチクの固まりのような男であり、その献身的な仕事ぶりは、私なんかと比べものにならないくらいすごい。文句なしに、当代トップのサッカー記者である。「牛ちゃんは、本当にサッカーが好きなんだな」。
 その彼を外すなんて。こりゃ、もう世も末だ。広報部の連中は、なぜ目前のことしか見ない、阿呆なんだろう。

 私は牛木君ほどではないが、74年西ドイツ大会の時は全開催都市を回って取材した。それ以来、アルゼンチン、スペイン、メキシコ、イタリア、アメリカ、フランス、そして日韓大会とすべてを、かなり克明に取材している。サッカー専門誌以外にも書いている。クラマーさんの南ドイツのお宅を何度か訪問したり、チャンピオンズリーグやブンデスリーガの取材で、何度もドイツに行っている。つまりはドイツに大きな親近感と愛着を持っている。
 だからこそ、自分勝手な言い分かもしれないが、今回の大会を取材したいという思いは、ひときわ深く、非常にたのしみにしていた。健康には自信があるし、どうしても行きたかった。某週刊誌と交渉して、執筆する約束までとりつけていた。編集長にどうやって断ればいいか。情けない。
 この年齢になって、もはや人を恨むようなことはしたくない。新たな敵も作りたくない。が、やはり生きる喜びを奪われては、恨まずにはおれない。

 私は、若いころある英字新聞に、国際オリンピック委員会(IOC)のサマランチ会長のことを「金儲けに忙しい金権会長」と書いたことがある。その新聞をスイスで読んだらしく、サマランチから電話がかかって来た。「今度、東京でぜひ会いたい」という。そこで、千葉・幕張のホテルで単独でインタビューした。
 いろんな話の後、彼はこう言った。
「IOCは長年取材してくれる古い新聞記者を大切にする。それは、われわれの友人であり、ファミリーであり、オリンピックの知的財産だからだ。彼らは、オリンピックに何かあった時には、積極的にオリンピックを守ってくれる」
 知的財産だなんて、サマランチに何だか、ちょっとごまかされた感じだったが、意外に暖かみのある率直な人物との印象を受けた。

 知的財産を大切にする点で、日本サッカー協会の考えはIOCと180度逆のようだ。そりゃ、古い記者は、時には目障りであろう。だが、口はばったいようだが、牛木君も私も、観客が数百人しかいないサッカー界のドン底時代にも、紙面をとり、デスクと戦って取材してきた。今回も取材する権利のようなものは、いま少しは残っていると思っていたのだがなあ。甘かった。
 だが、ご安心あれ、古い記者は、やがて自然に消えてゆくものだ。無理やり蹴落とさなくても、いいじゃないか。
 
 伝え聞くところによると、広報部による「審査」は、最近の試合の「取材回数」を基準に、各記者ごとの「成績」として数値化しているらしい。つまりいろんな大会を積極的に取材している記者が優先的に、ワールドカップ記者証が割り当てられたようだ。
 ワールドカップを何回取材したとか、キャリアなんてものは無視された。なんと近視眼的かつ浅はかなこと。

 私と同じ年代の、賀川浩さん(サンケイOB)は記者証をもらった。
「よかったですね」というと、
「ボクはJリーグを取材しているからね」
という返事。そこでまた、エェッである。

 そういえば、私も牛木君も、ここ1、2年Jリーグを、あまり取材していない。その理由は長くなるのでやめるが、とにかく取材していない。日本代表の試合は、アウェイへは行けなかったが、かなり取材したつもりだった。もちろん取材証と引き換えにしようなどという邪心はなかった。
 だが、果たしてJリーグとワールドカップは、どういう関係があるのだろう。ワールドカップ取材証は、Jリーグを取材したご褒美なのか。Jリーグは記者証におびき寄せるエサなのか。はたまた、成績査定の道具なのか。Jリーグ取材は、サッカー協会への忠誠心を計るバロメーターなのか。そんなJリーグは、何だか見たくなくなったなあ。
 つまりは、広報部というところは、サッカーの宣伝をし、普及させることだけが仕事ではないらしい。取材記者をチェックし、その出欠をまるで小学生の通信簿のようにテイク・ノートしておくのも仕事らしい。たぶんコンピュターでも使って、成績一覧表でも作っているのだろう。そんな仕事に高い給料を払っているのか。記者は優劣を審査され差別される。こりゃ、人権問題だ。いやだなあ。やっぱり引け時か。

 

Copyright©2004US&Viva!Soccer.net All Rights Reserved