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メキシコオリンピック40周年記念シンポジウム
「デットマール・クラマーを語る」 【3】 

2008年8月2日 日本青年館504会議室
中条一雄、岡野俊一郎、杉山隆一、
(司会)後藤健生


― コミュニケーション方法 ―

後藤  外国人のコーチが来日して言葉の問題はありませんでしたか?

杉山  英語もドイツ語もわかりませんので、クラマーさんとの間に岡野さんが入ってくれました。クラマーさんの注意は岡野さんを通じで我々に伝えられるのですが、岡野さんに注意されているんじゃないかと勘違いをして腹を立てたこともありました(笑)。岡野さんは「俺が言っているんじゃないよ、クラマーさんが言っているんだよ!」と言っていましたが。「本当は岡野さんが勝手に言っているのでは?」と疑ったこともありましたね(笑)。通訳がサッカーを知っている岡野さんだったので上手く伝えて下さったと思っています。


― 当時の練習風景 ―

杉山さん

杉山 先程から話が出ている、私から釜本へのニア、フォアのパス練習ですが、クラマーさんは私に常にトップスピードでボールをもらってパスすることを要求し、釜本にはどんなボールでも絶対に枠に蹴るように要求していて、午前中毎日200本くらいその練習をやらされていました。右は松本育夫と渡辺正さんなので交で練習するので休めますが、左は私しかいませんので休めませんし(笑)、トップスピードで入らなかったりボールをもらえなかったりするとクラマーさんは青筋を立てて怒るので、「クソッ!この親父、どうして俺だけしごかれるのかなー」と思いながら練習をしていました。
 丁度コカコーラが流行っていた時代でご飯の時に皆で飲んでいたら、「日本には味噌スープやお茶などいい飲み物があるのになぜコーラなんか飲むんだ」言って、牛乳を飲まされまして、牛乳なんて飲んだことありませんでしたから「噛むように飲め」と言われて「噛んで飲むなんて、出来ねーよなー」と皆で言い合っていましたね。
  当時の選手は個性派の塊でしたから紅白マッチでも真剣にがしがしやっていて、クラマーさんはそれを見て嬉しそうにしていましたね。グランドに入ると目つきが変わって怖かったですが、グラウンドを離れてもあの鋭い目に威厳を感じていました。クラマーさんはお酒を飲まないのかと思って岡野さんに聞いたら「俺より飲むよ!」と言われて「岡野さんより飲むんだ〜」とびっくりしたのですが、オフ以外では飲まないですし、とても几帳面な方で、お風呂の入り方がきちんとしていて美しかったのを覚えています。
  クラマーさんの言葉で印象的なのはメキシコW杯後に言われた「日本にはプロフェッショナルはいないけど、君達はプロフェッショナルだ!!」ですが、この言葉は非常に嬉しかったですね。

後藤  岡野さんは通訳でのご苦労はありました?

岡野  通訳は最初直訳をしていましたら泣く選手が出てきたので、クラマーさんには英語を覚えてもらって選手と直接コミュニケーションを取ってもらうようにして、私は彼の考えを選手に伝えることが大切なので、言外にある彼の「気持ち」をくみ取りながら意訳して選手に伝えることを心掛けました。それには競技に対する理解がないと出来なかったと思います。クラマーさんとは初来日時の40日間ずっと帯同していましたし、次に来日した時も通訳兼アシスタントコーチとして一緒に仕事をしましたので、お互いに「シュン」、「デットマール」という呼び方をしていますし、長い間一緒に仕事をしてきましたので、私は彼の弟分みたいな感じかと思います。


― クラマーの涙 ―

岡野 クラマーさんは1925年生まれです。この世代、男性は人前では涙を見せてはいけないと躾けられてきています。人前で泣くなというのはヨーロッパでは今でもそうです。クラマーさんが日本にいた時に彼の父親が亡くなりました。父親が亡くなったので一旦帰国の許可をもらいたいと電話をしてきた時の彼は電話口で泣いていました。「1年間日本にいなくてはいけないという契約だったが帰っても良いか?」との申し出だったので、「当然、すぐ帰るべきだ」と言って、帰国してもらいました。電話口で泣いていた彼にクラマーさんの親子の強い絆を感じました。今や御両親、そしてつい昨年逆縁で息子のデットマール三世もたった3日の入院であっと言う間に亡くなってしまって、彼は生涯孤独になってしまいました。


― 長沼・岡野コンビの誕生 ―

岡野さん、杉山さん

岡野 実はこの間、私の一番のパートナー長沼健さんが亡くなりました。彼の病状から密葬までの事細かを私はクラマーさんにFAXでお知らせしました。健さんを含めて我々はクラマーさんに大変お世話になりました。
  当時実業団選手権が新潟でありまして、私もクラマーさんと見に行ったのですが、健さんは監督兼選手として出場しておりました。クラマーさんは私にすぐに言いましたですね、「いい選手だ!!」と。クラマーさんは健さんの「周りの仲間が動いている時僕は動かない。周りが止まったら動くと」いう判断哲学を非常に高く買っていましたね。東京オリンピックの前の年になって急に「長沼と岡野でオリンピックを乗り切れと」言われたわけですが、オリンピックコーチを竹腰さんに任命された時には「失礼ですけど、監督は誰ですか?」と聞きました。というのもある人では一緒にやりたくなかったからです。健さんだと言うので即座に「やります」と引き受けました。当時たくさん先輩方がいたのに長沼さんが監督で私がコーチに指名されたのはクラマーさんの進言があったからだとそう推測しています。
 健さんとの出会いは昭和22年の全国旧制中学生大会(現在の高校選手権大会)です。私は旧制都立第5中学校(現在の小石川高校)、健さんは広島高等師範付属中学校で対戦をして5−0でやられるのですが、あの5−0が代表監督、コーチ、(サッカー協会の)会長、副会長とこう全部繋がるわけですからね(笑)。昭和28年のドイツ・ドルトムントでのユニバーシアードや昭和30年のタイ・ビルマ遠征でも一緒でした。タイ・ビルマ遠征では健さんは怪我をしていて試合には出られませんでした。当時パスポートは1回だけ有効のものでしたので健さんは試合に出られないとわかっていたけど遠征に行ったわけです。この遠征で私は原因不明の高熱を出すのですが、夜中にぱっと目が覚めると健さんが一生懸命氷嚢を換えてくれていました。「悪いなぁ」と言うと「いいんだよ、お前。試合に出られないんだから俺がやってやるよ」と言って毎晩のように氷を取り替えてくれました。


― クラマーとベッケンバウアー ―

中条  最初にドイツで野津さんから「これから皆をコーチする方だ」とクラマーさんを紹介された時には、背のちっちゃいドイツ人のおじさんが立っていたのでみなポカーンとしていたのですが、ひとたびクラマーさんが良く通る声で「アジアの端からはるばるやってきた皆さんを歓迎する」といって1人1人に握手をしてまわったらオーデコロンがいいにおいで、日本のどろくさいサッカーと違ってさすがドイツだなーと思いましたね。
 最近では良くベッケンバウアーの話をするのですが、クラマーさんがU−18のドイツ代表の監督だった時に、合宿地を色々な地方から来る人達に平等にするためにあちらこちらで開催していたのですが、グラウンドはあったけれどもベッドがなくてベッケンバウアーと2人でダブルベッドに寝たこともあって、朝起きて彼がクラマーさんの養毛剤をつけていたら「おい、よせよせ、おまえはげるぞ」と言われていたなんて話もしてくれました。  
 ベッケンバウアーはクラマーに大変恩義を感じていまして、U−18代表にクラマーさんは彼を選ぶのですが、当時彼には子供がいてU−18代表に子供がいるなんてドイツ始まって以来の大問題だと、ドイツの青少年委員会なんかで議論をするわけですが「みなさんだって若い頃色々あったでしょう」とヘルベルガーが説得してベッケンバウアーはU−18の代表になって後にドイツ代表になります。彼はクラマーがいなかったら私はドイツ代表になっていなかったかもしれないし、もしかしたらサッカーをやめていたかもしれないと言っていました。彼はリベロと言うポジションを認知させましたが、リベロは人生経験豊富な人がなるものだというのが定説なんですが、彼にはもう子供もいるので人生経験豊富だなんて言われていたそうです。


― クラマーの凄いところ ―

中条さん

中条 クラマーさんは今でもトレーニングを欠かさず、ベッドや飛行機でも出来るトレーニングを行っているそうです。彼は若い時から人を見る目、観察力が素晴らしく、観察する力、観察したものを分析する力、分析したものを整理して対策を考える力、それをわかりやすく説明する力があります。特に伝える力は超一流でベッケンバウアーの伝記にクラマーさんがバイエルンミュンヘンの監督だった時に最初の試合に負けた後、負けた原因を2時間半にわたって選手に話して聞かせた話が出てきますが、ベッケンバウアーは試合に負けた原因をそんなに聞かされたのは初めてだと書いていますが、それくらい素晴らしかったそうです。
 クラマーさんに「釜本みたいのがまた日本にも出現するか?」と聞いたら、「出るだろう」と言っていました。私はそう出るものではないと思っていますが、クラマーさんはそう言っていました。じゃあどういう風に良い選手を見極めているのかというと、1)ボールを持った時の相手に対する動きかた、2)味方がボール持っている時の動き方、3)相手がボール持っている時の動き方、4)自分のマークした相手がボールを持った時の動き方、この4つを見て、最後にシュート力をみるそうです。点数をつけることもあるそうですが、平均して4つが秀でているのもいいのですが、シュート力などどれかひとつが秀でていても認めるそうです。

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