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サッカーマガジン 1974年3月号

藤枝東の同点ゴールは幻だったか!
― 審判の権威確立と審判技術の向上を訴える ― (1/2)   

 サッカー!それは男のスポーツだ。
 男と男が一つのフィールドの上で火花を散らし、審判の笛にいさぎよく従って技術と力を競う。
 たとえ審判が間違っていたとしても、黙って判定に服して試合を続ける。それがサッカーをする男の約束だからだ。判定は、抗議によってくつがえることはない。
 しかし――。
 サッカーは、また、大衆のスポーツである。
 審判の判定は、競技者を納得させるだけでなく、試合を見る多くの人びとを納得させるものであってほしい。
 選手たちの規律と技術の向上とともに、審判の権威確立と審判技術の向上を求めたい。

1 オフサイドはあったのか?
 「審判は地元びいきに目がくらんだのじゃないのか。あれがオフサイドだとは、とても思えない」
 「あれでは藤枝の選手たちが、かわいそうです。テレビでも、オフサイドではない、といっていました」
 1月8日に大阪長居競技場で行われた全国高校サッカー選手権大会の決勝戦、北陽高−藤枝東高の試合で、後半17分、藤枝東のシュートが決まって、2対2の同点になったかのようにみえた。だが、安田主審の裁定は「オフサイド」。試合の内容では、藤枝東が優勢にみえていただけに、ここで同点になっていたら、その後の形勢は逆転していたかも知れない。藤枝ファンにとっては、泣くに泣けない「オフサイド」だった。
 翌日から「サッカー・マガジン」編集部には、連日、この審判の判定に対する抗議の投書が山積みになった。テレビ局や新聞社、サッカー協会にも、審判を非難する電話や投書が殺到したという。最近のサッカーでは珍しく大きな反響を呼んだ審判の裁定だった。
 この場面を、スタンドから直接見た人も、テレビの画面で見た人も、ほとんどが「オフサイドになるような場面ではなかった」という。しかし、西線審は確かにオフサイドの旗をあげ、安田主審は、西線蕃にかけ寄って意見を聞いたうえで「オフサイド」を宣した。
 はたして、オフサイドはあったのか?
 テレビの実況中継では、この場面をスロービデオで、もう一度流した。その録画を大阪の“よみうりテレビ”の好意で改めて見せてもらって確かめてみた。
 問題の場面は、図のようになっている。
 ペナルティ・エリア付近左寄りから服部の出した縦パスを内藤がシュートする。
 そのシュートをゴールキーパーが前進して両手ではじき返す。
 そのボールを左外にいた中村が拾って再びシュートして、ゴールの中に入れる。
 この三つの連続したシーンのどこにオフサイドがあったのかを、最後の中村のシュートから逆に、さかのぼって検討してみよう。
 最後の中村がシュートした瞬間、藤枝東のだれかが、オフサイドの位置にいたのだろうか? テレビの画面はグラウンドの全面をカバーしているわけではないが、画面では中村は藤枝東高の選手の最先端でシュートしている。少なくともプレーに影響のあるオフサイドはなかったといえそうだ。
 内藤のシュートをゴールキーパーが止め、そのボールを中村が拾う。この間にはオフサイドはありえない。内藤がシュートした瞬間に藤枝東のだれかがオフサイドの位置にいたとしても、ボールが相手方のゴールキーパーに触れたことによって、オフサイドは消えている。これと、まったく同じケースが蹴球競技規則(ルールブック)末尾の「オフサイドに関する図解」第7図に例示されているから、この場面にオフサイドがありえないことは疑問の余地がない。
 さらに、さかのぼって、中盤の服部から内藤に縦パスが出た瞬間をみよう。オフサイドがあったとすれば、この瞬間であり、西線審は、ここでオフサイドの旗をあげたという。
 まず、パスを受けた内藤がオフサイドだったかどうか。ボールを受けたときには、テレビカメラの角度からみると、向こう側の前方に味方の中村がおり、相手のバックもいてオフサイドではない。その前にオフサイドの位置にいて、戻ってパスを受けたことも考えられるが、画面ではそうは見えない。
 テレビの画面ではパスを受けた内藤のさらに外側に中村が出ているのが映っている。この中村とほぼ並んだ位置に、北陽のバックの姿がある。中村がバックより前に出ていたかどうかは、テレビカメラの角度からは、なんともいえないが、線審がオフサイドをとったとすれば、中村かも知れない。
 オフサイドの可能性も考えられる場面があり、もっとも見やすい位置にいるはずの線審が旗をあげているのだから、「オフサイドがなかった」とは断言できない。オフサイドがあったとする線審を信じるほかはない。
 しかし――。
 かりに、この場面で藤枝東高に確かにオフサイドがあったとしても、主審と線審の判定と処置が全面的に正しかったといって、よいだろうか。

2 主審と線審の処置は正しかったか?
 一つの問題点は、オフサイドをさかのぼってとっているのではないか、という疑問である。
 服部がパスを出してから、中村のシュートがゴールに入るまでの時間を、テレビの録画を見ながらストップ・ウォッチで計ってみた。この間、わずかに3秒余り。実に一瞬の出来事である。時間的には「さかのぼって反則をとった」とは、とてもいえない。3秒余りの時間のうちに、主審がゴール前の重要な場面に神経を集中しながら、同時に線審の旗を見て、中村のシュートの前にオフサイドの笛を吹くのは神わざに近い。中村のシュートがゴールに入ったあとに線審の旗を認めたとしても当然許されるべきだろう。
 ただ、この3秒余りの間に、ボールは服部から数えて4人の選手に触れたうえでゴールに入っている。しかも、この間に「オフサイドの消えるプレー」が一つはさまっていることは見のがせない。
 内藤がシュートした瞬間に、かりにオフサイドがあったとしても、このシュートをゴールキーパーが止めたことによって、オフサイドは消えている。この“消えたオフサイド”よりも、さらにもう一つ、さかのぼった時点のオフサイドをとるのが適当かどうか、というきわめてデリケートな審判技術上の問題が残ってくる。
 このような微妙な場面で、主審と線審がどのようにして決定を下したか。これが二つ目の問題点である。
 安田主審は、自分自身のとった処置について、こういっている。
 「線審が旗をあげているのを認めたので、ボールがゴールに入ったあと、すぐオフサイドをとって、その場でフリーキックを与えるゼスチュアをした。そのゼスチュアを、線審がゴールインとかん違いし、旗を降ろして、得点のゼスチュア(旗でセンターサークルをさす)をして走り出したので、いそいで線審にかけ寄って、オフサイドを確認し、改めてフリーキックの指示をした」
 この場合、線審のとった態度が軽率だったということはできるだろう。服部のパスから中村のシュートまで3秒余りオフサイドの旗をあげていたのだから、ボールがゴールに入ったあとも、主審の明確な合図があるまで、旗を上げ続けて主審の注意を促すのが本当だっただろう。しかし、これは審判技術上の比較的小さなミスである。
 むしろ、中村のシュートがゴールに入ったあと、主審がすぐに「オフサイドをとって、フリーキックを与えるゼスチュアをした」ことの方が問題だ。これが多くのファンに疑問を持たせた最大の原因になっている。
 中村は、キーパーに当たってはね返ったボールをシュートした。これはふつうオフサイドにならないケースである。だから、そのボールがゴールに入ったあと、なお線審がオフサイドの旗をあげていたら、観衆だけでなく、主審も「どこで、だれがオフサイドだったのだろうか」と疑問を持つのが当然である。したがって主審は、オフサイドかゴールインかの判定を下す前に、線審を呼んで「どのようなオフサイドがあったのか」を確かめる必要がある。
 線審の説明を聞いて「線審のみたオフサイドは、前にさかのぼりすぎている」と主審が判断したら「得点」を認めるべきである。
 線審の説明が主審にとって納得のいくものであれば、改めてFKで再開する。この場合のFKの位置は、正確にオフサイドの起こった地点にすることが、疑惑を一掃するためにも大切だろう。


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