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サッカーマガジン 1970年9月号

ワールドカップと日本の進路
16年後、ワールドカップ日本開催は
可能か!?                      (3/4)    

ワールドカップ開催に立候補
牛木 ところで、日本蹴球協会が50年を迎えますが、これは、まだ日本の蹴球協会は50年しかたっていないんだともいえると思うんです。 そうすると今後の16年という日付は、過去の50年に比べたら、そう短くはない。で、16年後にワールドカップをやるかどうかの問題がありますが、それについての事情を説明いただけますか。

■サー・スタンレーが示唆
竹腰 話の出たおこりからいえば、これからの大会は、74年に西ドイツ、78年はスペインというところまでは決まっている。86年をどこでやるかという点だが、これまで同じ大陸で二度続けてやらないというのがだいたいのルールなので、ヨーロッパ以外の大陸ということになるわけです。メキシコのワールドカップのときに、野津さん(日本蹴球協会々長)が、メキシコでFIFA会長のサー・スタンレーと話をする機会があったとき、サー・スタンレーは今後の開催地について、心配というか、関心を持っていて、86年がスペインの次なので、ヨーロッパ大陸以外のところ――まあ、従来からいえば中南米あるいはアメリカということで、現にコロンビアとアメリカが立候補しているわけだけれど、ワールドカップをほんとうにワールドのものにするためには、必ずしも南米大陸、北米ということに限らないで、アジアでやることになればいいからどうだという、多少のサジェシッョンがあったわけです。アジアでやるとしたら、日本しかないと、それはわれわれもそう思うんだが、スタンレーはアルゼンチンの大会で、次の3回くらいまできめたいんだという話だったそうで、野津さんは体制をつくって、アルゼンチン大会までにはやれる見込みをつけて、ひとつ立候補してみないかと帰って話があったわけです。

牛木 86年大会に、コロンビアはこんどメキシコで立候補したわけですけど、多少国の規模とか組織力に、現状では無理があるんじゃないかと想像され、北米も必ずしもサッカーがそう盛んではない。日本もそれは同様ですが、北米は国が大きすぎることもあって問題がある。それで、日本にどうだいというわけですね。それで、立候補するとして、二つ先の大会ですから、決して早すぎはしないわけです。これを果して、引き受けるかどうかという問題ですが……。

竹腰 ぼくは夢が少ないのか、やらなきゃいけないことがありすぎて、なかなかやれないぞという感じが強いんだ。まず、グラウンドを作るという問題。簡単にできないという感じがするしね。チーム強化の問題は、ぼくはまだ日本人の能力に信頼をおいていて、ひとかどの試合はやれるくらいにいくと思うけれど、施設とか、経済問題なんかに危ないという感じが強いわけで、慎重なというか、勇敢でない答えしかぼくにはできないですがね。

■想像をこえる16年後
牛木 竹腰さんは必ずしも明るい見通しでないということですが。

長沼 やろうやろうと簡単にいえないのはもちろんです。過去の16年の進歩を今後の16年に置きかえたら、それはできないでしょう。しかし、そういうものじゃないと思うんですよ。これは、さっき牛木さんがおっしゃった通り、進歩の度合いが変ってきますから ――。科学技術の発達など、われわれの想像を越えるものになると思います。都市計画なども、常識的なプランというのは常に後手にまわっていますから……。東京駅前広場を作った人なんか、当時は気違いといわれたそうですが、今は現実のネックとなっているのですから……。だから、われわれがこの8年間に何ができるか、とにかくやってみて、それで現実に立候補することになった場合、他の国に勝てなくてもしょうがない。その結果がマイナスにならずどこかにスタジアムがひとつできたと、いうことでもいいじゃないかと思うんです。ただ、悪い意味での「われわれの目が黒いうちに」という気は捨てた方がいい。おれたちの子どもたちや孫の時代でもいいじゃないかという気でやったら、現実の進歩に役だつと思いますね。

牛木 ぼくの希望も、協会の人に、そういった壮大なイメージを持ってもらいたいことです。86年にやれるかどうかは、別の問題です。そのときには、テレビとか伝達の手段にしても、何ができているか予想ができない状態ですから、ワールドカップも現在の形で存在するかどうかもあやしい。しかし、現状で想像するのがぼくらの精いっぱいの限界です。しかし、1978年のアルゼンチンでは、86年の開催地を正式決定するわけでしょう。そしたら、次の西ドイツには、すでに意思表示ができる状態でなければならない。現実に北米、コロンビアは立候補しているわけで、これからの立候補はおそいくらいです。やろうというイメージを持って、次の西ドイツまでに目算を立てたらどうなんですか。

長沼 86年がだめなら、90年、90年が駄目なら、94年……。紀元2000年までにはやろうじゃないかということですよ(笑)

牛木 この話が出たとき、メキシコの取材にいったカメラマンの人が、非常におもしろい、是非やれというんですが、ただ1986年にやる人は自分だ、自分たちの仕事だと思っていてはおかしいぞと……。なぜかといったら、1986年にやる人の定年制を敷きなさいというんです。55歳定年制だと、ぼくはすでに定年です。つまり、現在若手といわれている人もすでに定年で、自分がやろうと思っていたら、だめだ。35歳がかりに最もシャープで働き盛りだとすれば、いまのジュニアで、ヨーロッパへいっている連中に覚悟をきめてもらわなくちゃだめだと彼はいうんですよ。

長沼 そのときは立候補で日本が敗れたら、こんどは次の小学生の時代ということになる。それは運営するほうで、選手はもっと若い(笑い)

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