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高橋祐幸のブラジル便り・目次
 

高橋祐幸(たかはし ゆうこう)

ブラジル・サンパウロ在住。1933年岩手県生まれ。1960年にブラジルにわたり、日本商社の現地法人(三菱商事)に35年間勤務。退職後ボランティアでトヨタカップ南米代表実行委員を15年間務め、川崎フロンターレ、大宮アルディージャのブラジル代表顧問を約8年間務めた。県立盛岡中学(旧制)で、八重樫茂生(メキシコ五輪銅メダル日本代表キャプテン)と同級生だったことがサッカーに携わる機縁ともなって、日本にもブラジルにも広いサッカーの人脈を持つに至った。


 

 


#40
読んで味わうブラジル料理(2) フェイジョアーダ
(2014/8/12)

◆もとは農奴の食べ物
  18〜19世紀のブラジルは農業で栄えていた。その時代は砂糖黍、珈琲、綿花が主流だった。大農場ではアフリカからアメリカへ売られて行く奴隷たちが、途中寄港地のサルヴァドールやレシーフェで逃走したのを、カボクロ(農奴)として雇い、泥壁に椰子の葉を屋根にした小屋に住まわせて、陽が昇ると鐘楼からカンカンと打ち鳴らして一斉に農作業に駆り立てたものである。
  早朝からの作業だから農奴たちの昼飯は午前10時頃になるが、その頃になると領主(大農場主)サマは従者を引き連れて馬で作業現場を一巡する。そのとき小屋からたちこめるいい匂いに、ふと馬を止めて「その匂いは一体なんだ?」と聞いたところ「これでごじゃりまする」と差し出されたのが,フェイジョン豆(ささげ豆大の黒と白の豆)の中になにやら得体の知れない臓物を入れて、土鍋でグズグズと半日がかりで煮込んだものだった。
  油と塩で炊いたご飯に(カレーライスのように)それをかけて、農奴たちが如何にも旨そうに食べているのを見た領主サマは「どれ、俺にもひと口」と言って食べてみたところ「お前たちは俺サマよりも美味しいものを食べてるじゃないか?」と感心して、農奴の女房から(今で云う)レシピを聞き出したら、なんとそれは領主サマの一家が食べた豚の残りものとして捨てた耳、鼻、尻尾、足の爪、その他の臓物などとフェイジョン豆を一緒に煮込んだものだったのである。

◆土曜日にカイピリーニャとともに
  ご帰館された領主サマは女中頭を呼びつけて「お前はあのカボクロたちが食べていた美味しいものを知っていたのか? あれをここでも作って出せ」と命じて領主サマご一家の食卓にも供されることになった。それが「フェイジョアーダ」と名付けられ、後にブラジルの国民食と称されるまでに普及したものである。
  なにせ脂肪分やカロリーが高い食べ物なので腹一杯食べた後は眠くなるものだから、普段は食べずに土曜日の昼ご飯にだけ食べられるようになり、どこのレストランも土曜日の昼食メニューはフェイジョアーダひとつに絞られて大流行(オオハヤリ)したものである。
  戦後まもなくサンパウロにできたアメリカ系の「シアス・ローバック」なる百貨店の食堂で「外国人でも食べられるフェイジョアーダ」と云うメニューが大ヒットした。それは耳、鼻、爪、尻尾などの代りに干し肉の塊、腸詰めなどをフェイジョン豆で煮込んだもので、口中の油っ気を無くするためにピンガ(砂糖黍から絞った酒)にレモン汁を混ぜたカクテル「カイピリーニャ」を飲みながら、のんびりと2時間くらい土曜日の午後を過ごすことが、なんて贅沢で仕合わせなことかと、外国からの観光客のみならずブラジル人全ての市民にまで大受けして、現在に至っているものである。

◆いまやブラジルの国民食
  今では一般家庭でも簡易に作れるフェイジョアーダの材料が一揃いパッケージされたのがスーパーで容易に手に入るので、フェイジョアーダはブラジル人家庭の土曜日定食とも言えるようになったし、土曜日だけではなく、いつでも(昼でも夜でも)食べられるフェイジョアーダ専門のレストランまでできている。そこでは耳、鼻、爪、尻尾などの臓物入りは「クラシック」と呼ばれ、干し肉や腸詰め等入りは「モデルノ」(モダーン)と呼ばれている。1世紀以前に農奴たちが食べていた「ホンモノ」と同じものが食べられるようになって、ブラジルの代表的な食事となって今に至っている。
  はじめてフェイジョアーダを試食した日本人のなかには、「なんだこりゃ」と首をかしげる人もいるが、多くは食べてみると「こりゃ旨えや」とブッタマゲて、帰国した後にあの奇妙奇天烈な味が懐かしく思い出され、ブラジルを再び訪れる機会があれば真っ先に飛び込むのがフェイジョアーダを食べさせるレストランであるといわれている。
  あの領主サマが虜になったと同じように、日本人の舌までも虜にしてしまう魔訶不思議な「ブラジルの国民食」ではある。



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