#8 FIFA対ブラジル、仁義なき戦い
★球場工事の遅れ
いよいよ「ブラジルW杯」の年だ。
問題は、地元ブラジルの準備状況である。
W杯では12都市の会場が使われ、そのうち4会場が新築、8会場が増改築である。
本番1年前の2013年6月に開かれた「コンフェデレーションズ・カップ」では、そのうちの6会場を使った。残りの6会場の状況はどうだろうか?
コンフェデレーションズ・カップ前の2月に、工事状況視察のためにブラジルを訪問したFIFA(国際サッカー連盟)のVALCKE専務理事(フランス人)は工事の遅れを指摘した。なかでも最も遅れの著しかったが開会式会場になるはずのサンパウロ球場である。この新球場の命名権はエミレーツ航空が握っているが、まだ正式球場名が決まっていない。現在は建設場所の地名から仮称「イタケィロン球場」とも呼ばれている。
VALCKE専務理事は、イタケィロン球場を槍玉にあげて「こんな状況では、ブラジルの尻を蹴っ飛ばさなければ開催できない」とイエローカードを突き付けた。これがブラジル政府(スポーツ大臣ほか族議員たち)を「国家への侮辱だ」と怒らせて、FIFAとブラジル当局との「W杯戦争」が勃発した。
★FIFAが白旗を掲げる
VALCKE専務理事は「物事を急かせるという意味で一般的に使われている尻を叩くという言葉を使ったのが、フランス語からポルトガル語に翻訳された際にゆがめられ、悪意にみちた新聞記事になってしまった」と釈明しながらも、「ブラジル政府と国民に不快感を与えたのであれば謹んで発言を取消し、深くお詫びする」と謝罪宣言をする破目になった。
しかし、ブラジル側は「そんな言い訳は通用しない。BRATTER会長自らブラジルに来てDILMA大統領に直接頭を下げなければ許せない」とゴネ続けた。
FIFA会長、IOC(国際オリンピック委員会)会長、ローマ法王の三人は、ブラジルでは「世界三大男」とも呼ばれ、一国家の元首よりも強大な権限と威力をもつと言われているだけに、BRATTER会長が自らブラジル大統領に頭をさげるとは誰も想像だにしなかったが、なんとBRATTER会長はスイスから一直線に首都ブラジリアに飛んで来て、DILMA大統領に土下座せんばかりに頭を下げて、VALCKE専務理事の不穏当だった発言を謝罪した。FIFAが白旗を掲げて無条件降伏して戦争終結となったことに世界中は驚かされた。
もともと大会準備が全て遅れ遅れになっていて世界中から非難を浴びているブラジルのことだから、むしろFIFAの指摘にブラジルが頭を下げるべきところだが、全くその逆となってFIFAが屈服したのだから世界中が仰天させられたのである。
★遅延に頬被りして開き直り
では何故そこまで傲慢なブラジルにFIFAが屈服したのかと云えば、FIFAの傘下にあるMATCH HOSPITALITYなるイベント会社が、既に世界中の大手旅行社766社に航空券・ホテル代・試合入場券の3点セット・パッケージの販売委託契約を済ませており、さらに766社はそれぞれのネットワークである何千何百社と云う旅行代理店などに販売枠を振り当て予約していて、それを今になってホゴにしたら莫大な違約金を払うだけではおさまらないからである。さらに世界中に放送されるテレビ(実況放送)放映権も既に世界189のメディアと契約済であり、これにも違約金を払うことにでもなったら天文学的数字の大損害となることは明らかである。
今から別の国を探して、開催地を替えることなどは到底不可能であることを百も承知のブラジルは、自らの準備遅延に頬被りを決め込んでFIFAに対して開き直ったので、FIFAは「お怒りを鎮めてご準備をお急ぎくだされ」と三拝九拝せざるをえなかったのである。
特に遅れを指摘されたサンパウロとマナオスの2球場は12月までには完成させること、他の4球場は可能な限り年内の早い時点で完成させることを約束してFIFAを納得させた筈だったのに、何と組み合わせを決める祭典の抽選会、12月6日の10日前に、サンパウロ球場建設工事中に超大型クレーンが500トンの鋼材を吊し上げたまま横転して作業員2人が事故死する事件が突発し、開会式会場となる筈のサンパウロ球場の完成予定は見えなくなってしまった。
この超大型クレーンはドイツ製だが、すでに世界の5か所で転倒事故を起こしているというが、ブラジルでの事故はクレーンの土台となる基盤が軟弱だったためとも言われている。
他の5球場の工事現場でも既に作業員5名が事故で死亡しており、犠牲者は合計7名になっている。大慌ての杜撰な工事が惹き起こした必然的な事故ではないかと批判されている。
★マナオス球場でも事故
3月にB会長に頭をさげさせたDILMA大統領が引き換えに「サンパウロ球場とマナオス球場は、何としてでも遅れを取り戻して12月末までに完成させる」と約束した言葉は脆くも破れてしまった訳である。
2013年3月の時点では、開幕5か月前の12月引渡しがギリギリの期限であるとされていたのだが、サンパウロ球場の事故後は、ひと月半前の4月中旬までには必ず引き渡せるとしている。
何でも「DA UM JEITO」(なんとかなるさ)のブラジルのことだから信用できないのではと思いつつも、組み合わせを決める祭典で12月にブラジルに来たBRATTER会長は「ブラジルが国力をあげてすべての準備を完成させてくれることを信頼する」と言い残して帰ったが、直ぐそのあとにマナオス球場で作業員が35メートル高さの踏み台から転落死すると云う事故が発生して、労働省と建設労務者シンジケートと警察当局が、事故原因の究明と安全保証が確約されぬ限り工事は中断させると宣言するなど、またしても暗礁に乗り上げてしまった。
いちばんFIFAの規格にあっているのはクリチバ市のアレーナ・バイシャーダ球場だと言われていたが、ここの拡張工事でさえ2013年の9月から10月には完成する予定が2014年2月末でも出来上がるかどうかは分らないと言われている始末。
W杯開催による経済効果を先取りする政治家や利権屋どもはFIFAの工事遅れの指摘を大いに利用(悪用)して「工事請負業者を入札で決める余裕はないから、政府委員会が特命で業者を緊急指名して間に合わせるべきだ」と声を大にしている。その方が賄賂にありつきやすいとばかりの悪知恵がミエミエである。
しかし、コンフェデレーションズ・カップの最中に全国で「W杯に向けた膨大な国家予算は病院、学校、福祉などの分野に振り当てられるべきだ」と政治家の汚職追及もスローガンに掲げて抗議のデモが起きたこともあって、国民の監視の目も厳しくなっている。
賄賂分捕り合戦が難しくなると、悪徳政治家たちは工事への意欲を失うから、かえって工事進捗が難しくなる恐れもある。
最早、FIFAとブラジル政府は、進むも地獄、引くも地獄で、神頼みしかない状況に陥ってしまったのではないか。
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