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高橋祐幸のブラジル便り・目次
 

高橋祐幸(たかはし ゆうこう)

ブラジル・サンパウロ在住。1933年岩手県生まれ。1960年にブラジルにわたり、日本商社の現地法人(三菱商事)に35年間勤務。退職後ボランティアでトヨタカップ南米代表実行委員を15年間務め、川崎フロンターレ、大宮アルディージャのブラジル代表顧問を約8年間務めた。県立盛岡中学(旧制)で、八重樫茂生(メキシコ五輪銅メダル日本代表キャプテン)と同級生だったことがサッカーに携わる機縁ともなって、日本にもブラジルにも広いサッカーの人脈を持つに至った。


 

 


#6
どうする? ブラジル?

イタケィロン球場の大事故
 ワールドカップ2014組み合わせ抽選の行われたバイア州サウイッペ・リゾート海岸は、州都サルバドールから76キロ離れた辺鄙な場所である。治安を考慮にいれて、この場所に1400万レアル(邦貨約7億円)の国費で建設した豪華ホテルで「プレ・ワールドカップ週間」が行われた。
 FIFA(国際サッカー連盟)のブラッター会長をはじめ、大会関係者、32カ国の代表チーム監督、それに世界中から押しかけた報道陣など合わせて1000人を超える人数が集まり、12月6日(金曜日)の組み合わせ抽選会を頂点に、大会実行のあらゆる事項が論議された。
 はなやかな前触れ行事が世界の注目を集めて開かれたのはいいのだが、肝心の開催国ブラジルの準備の進み具合は、不安がいっぱいである。
 開会式(開幕戦)が予定されているサンパウロの「イタケィロン球場」が、工事中にクレーン倒壊で死者2名の大事故を起こしたのが最大の問題だろう。
 政治家や利権屋たちの経済効果(利権)先取り合戦で工事開始が遅れに遅れてFIFAを苛立たせ、手こずらせた挙句に,この12月末までに落成させることを遵守することでブラジル政府/FIFA間で合意した経緯がある。ところが、組み合わせ抽選10日前の土壇場の事故で合意はご破算になった。
 FIFAのブラッター会長は腹の煮えくりかえる思いだったに違いない。
サルバドール空港に降り立ったブラッター会長に報道陣が群がったが、大勢の警備員に囲まれた会長はそそくさと車に乗り込んで猛スピードで立ち去った。
 ホテルでもロビーにも現れず、口を閉ざしたままだったとか、またブラジル24州サッカー連盟会長と20大クラブ会長を招待してCBF(ブラジル・サッカー連盟)会長が開催した晩餐会にもブラッター会長は出席しなかったと伝えられている。

完成は4カ月遅れ
 このサンパウロの「イタケィロン球場」は、名目上はコリンチャンス・クラブが国立銀行(ブラジル銀行、内国開発銀行、連邦貯蓄金融公庫、サンパウロ州銀行他)から融資を受けて建設している形となっているのだが、実際にはワールドカップ開催を引き受けた政府が建てている球場だから、コリンチャンスは「工事の遅れはおれたちの責任ではないさ」とたかをくくっている。建設費もコリンチャンスには当面返済する気など毛頭ある訳もない。
 政府は、この事故で工事が中断してワールドカップに間に合わなくなっては大変とばかりに「落成が遅れるものの1月末から2月初めには完成を目指して全力をあげて開会式(開幕戦)には必ず間に合わせる」とさかんに工事継続を急がせることを吹聴していた。
 一方、経済効果(利権)の先取り合戦でオコボレにあずかれなかった労働省、自冶省、建設業協会、建設労働者シンジケート、警察当局などは事故原因の調査と追及が先決であり、安全が保証されなければ工事再開を許さない、作業員1350人の現場復帰は許されないという姿勢だった。
 しかし、ここまできては、FIFAもブラジル政府も、拝み倒してでも、なんとか工事再開・継続をしてもらい、大会開催に間に合わせるしかない。
 組み合わせが終わってスイスに戻るブラッター会長は、やっと重い口を開いて12都市の会場建設工事のうち、今年末に完成が約束されていた6球場のうち4球場の引き渡しは来年1月末から2月初めまで延長することを認め、今回事故で中断したイタケィロン球場は4月中に(つまり開会のひと月半前に)完成させることで「ブラジル側と合意した」と語った。
 また、パラナ州の州都クリチバ市のアレーナ・バイシャーダ球場のスタンド拡張工事の遅れは「可能な限り急ぐことをブラジル側が約束した」と虹模様の(あいまいな)結論を苦々しく述べ「あとは事故なぞ起こらずに無事に大会に間に合うよう神様に祈るだけ」と云う言葉を残してブラジルを退散して行った。

大混乱を心配する
 建設会社や下請け業者などは、厳しい見方をしている。
 事故を起こしたドイツ製(基台重量1500トン、高さ114メートル)の超大型クレーンは使うことが出来ない。今回事故の原因となった重さ420トン、長さ50メートルの鋼材の吊り上げには、残る9台の普通型のクレーンを全力投入するほかはない。何回かに分割して吊り上げるしかないので、従来の数倍の時間が掛かる。崩落した骨組み鋼材も取付け部の部品も全て新しく作り直しをせねばならない。こういう時間等を勘案すれば、少なくとも2カ月の遅延は避けられないと言っている。
 引き渡し完了後にあらゆる設備の点検の時間も必要である。そこで不具合が発見された場合の修繕・補修なども見込まなければならない。屋根付き球場に問題の多い芝生の定着状態など等を考慮すれば、4カ月遅れの4月末引渡しが可能かどうか確かではない。
 こういう場合のブラジ人の口癖は「DA UM JEITO」(何とかなるさ)だが、何とかなる保証は誰にも出来ない
 2010年の南アフリカ大会でも、メイン球場となったサッカー・シティ球場の工事遅延がFIFAを手こずらせたらしいが、それでも4カ月前に完成させて引き渡した。
 ブラジルの場合は開催が決定した4年以上も前の時点から「果たして開催準備は整うのか???」と怪しまれ、世界の世論を騒がせていただけに「ホレ見たことか」の非難は免れない。
 ましてや、ブラジルは「サッカー強国として」ではなく「経済発展新興国の国力に賭けて」のスローガンで開催国誘致に成功しただけに、ブラジル国力の化けの皮が剥がれることにもなりかねず、こんどこそは「DA UM JEITO」では済まないことをブラジル政府も国民も思い知らねばならない。
 イタケィロン球場もアレーナ・バイシャーダ球場も、緊急工事の予算からの政治家や利権者たち盗人軍団の横取り合戦は、もはや許されない。すると予算計上もままならず、資金詰まりの工事遅れも予想に難くない。
 ナントカギリギリに間に合わせることが出来たとしても、周到な計画と準備には程遠い粗雑な大会になるのではないかと危惧される。
 それらの不安を煽るようにスト扇動者たちは大会期間中を狙って、また政治家の汚職追放運動のデモ大展開を計画している。それに便乗して過激な破壊集団が期間中にリオとサンパウロを徹底的に攻撃すると公言している。
 警察は会場や選手の保護に手がいっぱいで会場都市全体の治安までは手が及ばない恐れがある。
 そうなると、いたるところで大争乱・大混雑が発生してブラジルは「サッカー王国」ならぬ「大恥晒し王国」として世界にその名を高めるだけに終わってしまう。「大辛口の論評」をすれば、こういうことになる。
 せめて、何が何でもワールドカップ史上に6回優勝の金字塔を建てて貰わなければ国内に大暴乱が発生して国家は破滅しかねない。

 

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