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サッカーマガジン 2006年3月7日号
ビバ!サッカー

米国戦のワントップを考える

 サッカーの好きな人がいたるところにいるのはうれしい。ぼくの勤めている大学(といっても3月末で退職)の入り口を警備しているおじさん(といっても、ぼくよりは若い)も熱心なファンだ。 
 「米国に負けたのはどうしてかね。米国のサッカーは強いのかね」と、そのおじさんが言う。2月10日にサンフランシスコで行なわれた親善試合の話である。
 「うーむ。あれはワールドカップへ向けて、いろいろ試してみるための試合だからね。勝ち負けは問題じゃないと思うけど…」と、ぼくは歯切れの悪い返事をした。
 この試合で、ジーコ監督は久保竜彦のワントップを試みた。その結果、前半で2失点を喫した。これは「試してみた」だけのことであって、その結果が悪くても、それはそれで一つの収穫である。 
 前線にストライカーを1人だけ残すワントップは、もともと「逆襲速攻型」の布陣だと、ぼくは考えている。攻撃力で上回るチームに対して、守備陣が引いて守りを固めなければならないことがある。そういうときに全員が下がって守りに追われると、相手はかさにかかって攻めてくる。しかし強力なストライカーを1人残しておけば、相手もそう無茶な総攻撃はできないし、こちらは逆襲の一発を狙っことができる。 
 1970年代のワールドカップで、こういう逆襲型のチームが活躍した。「カテナチオ」と呼ばれたイタリア、「東欧の速攻」とぼくが名付けたポーランドが典型だったと思う。 
 こういうチームには強力なストライカーが2人いて、そのうちの1人は引き気味に位置していても、逆襲のときには、すばやく前線に進出した。いわば1.5トップだったように記憶している。 
 久保の場合、前線で孤立していては得点どころか、シュートのチャンスすらない。だれかが0.5の役をして、攻めの場面ではツートップに近い形を作らなければワントップが機能しない。あの試合の前半、米国は総攻撃の必要がある状況ではないのだから、孤立したワントップを押さえるのは容易だった。 
 後半、日本は久保を引っ込めてツートップにして反撃したが、結局2−3で敗れた。結果を見ると「ジーコの大失敗」ということになる。 
 でも、これは「ジーコの実験」と見ることもできる。ジーコのリトマス試験紙で試されたのは久保のシュートカではない。久保および0.5になるべきプレーヤーの「インテリジェンス」である。 
 状況に応じて攻めをどのように組みたてるか。それは、プレーヤーが自らの頭脳で見いだすべきことである。


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