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サッカーマガジン 2004年8月31日号
ビバ!サッカー

アジア杯と中国の観衆

 誤解のないように、あらかじめ断っておく。ぼくは、スポーツの場に、政治的プロパガンダを持ち込むことには反対である。
 でも――。
 アジアカップのときの、中国の一部の人びとの行動を、ことさらに大きく取り上げて批判するのには賛成できない。サッカーの試合では、時として起こることで、中国だけが特別なわけではない。
 1982年のワールドカップのとき、アルゼンチンの試合が、アリカンテという町で行なわれた。試合前、スタンドに「マルビナスはアルゼンチンのものだ」という大きな横幕が掲げられた。
 マルビナスは、南大西洋の南米大陸側にある島で、英語ではフォークランドという。英領になっていて英国人の植民者が暮らしているが、本来はアルゼンチンのものだというので、アルゼンチンの軍事政権が軍隊を派遣して占拠した。英国のサッチャー首相は、すぐに海軍を派遣して戦闘のすえに取り返した。いわゆるフォークランド紛争である。
 その直後に行なわれたワールドカップだったから、アルゼンチンのサポーターの一部が政治的プロパガンダを試みたわけである。試合相手はイングランドではない。無関係なハンガリーだったと記憶している。開催地はスペインで、これも無関係である。スペインの大会当局は、あわてず騒がず、ゆっくりと横幕を取り上げて回収した。
 重慶で行なわれたアジアカップの日本の試合のときに「魚釣島は中国のものだ」という横幕が掲げられた。テレビの画面にも映っていた。警備当局が横幕を押収する映像もあった。
 北京での決勝戦のときも、スタジアムの外で騒いだ群衆の中で、同じ文言の横幕を掲げているのが映っていた。
 魚釣島は沖縄と中国大陸の間にある尖閣諸島の中国での呼び名である。日本が領有しているが、中国側は本来は自国のものだと主張している。しかし、両国とも政府は、紛争を避けている。人は住んでいない。
 島の領有権をめぐる政治的問題を、サッカーの大会に持ち込んだという点では似ている。同じような例は過去にもあったわけである。今回の中国が初めてというわけではない。
 これも誤解のないように断っておく。
 「赤信号、みんなで渡ればこわくない」という考えではない。
 サッカー場を政治宣伝の場にしてほしくないとは思うが、ことさらに、これを日中間の大問題のように取り上げるのには反対する。日中関係をどうすればよいかは、別の場所で冷静に考えてほしい。


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