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サッカーマガジン 2003年8月5日号
ビバ!サッカー

ジーコをもう少し見守ろう!
普段着で試合ができる代表を

 「ジーコ監督を変えろ」という意見がくすぶっているようである。選手交代などの用兵能力に不安があるという理由ある。でも、せっかく新しいチームづくりの方法を日本に持ち込んだところなんだから、もう少し見守ったらどうかと思う。現在の時点で焦ることはない。

用兵能力に不安?
 「ジーコ監督はいい勉強をしたのではないか」と2週間前のこのページに書いた。コンフェデレーションズカップでの指揮と用兵に、やんわりと触れたつもりだった。しかし直接の手厳しい指摘は避けた。フランスへ行って日本代表の試合を自分の目で見たわけではなかったからである。
 サッカーマガジンの前号と前前号の「ああいえば、こう蹴る」で大住良之さんと後藤健生さんが、ともに「ジーコ解任論」をとなえている。わがサッカー・ライター仲間きっての良識派であり、フランスヘ行って直接取材してきた2人だから「やっぱり、そうか」と注目して読んだ。
 コンフェデレーションズカップの第3戦、コロンビアとの試合は、引き分けさえすれば準決勝に進出できるケースだった。そうであれば、じっくり守りながら戦うのが、ふつうの選択肢だろう。
 しかし、ジーコ監督はメンバーを変えなかった。経験の浅い坪井やポジションに不慣れなアレックスにかえ、ベテランの秋田や服部を使い手堅く守る手もあったが、そうはしなかった。フランスヘ出掛ける直前のパラグアイ戦から使いはじめた守備ラインのままだった。
 コロンビアに1点をとられたあとは、もう次はない試合だから、攻撃的なプレーヤーをつぎ込んで反撃を策したいところだが、そのつもりもないようだった。
 選手起用や交代策については、ジーコは才能がないのではないか、というのが、批判の焦点のようだ。

分散強化、臨時編成
 「でも、もう少し、ジーコを見守ってやろうよ」というのが、ぼくの意見である。
 というのは、ジーコは日本代表チーム編成について、これまでの日本のやり方とは違う考え方を試みているからである。もう少し辛抱して、新しいやり方が日本に根づくかどうかを見てみたいと思う。
 ジーコの新しいやり方とは何か。
 誇張したいい方をすると「分散強化、臨時編成方式」である。
 ぼくの見るところ、ジーコは次のように考えている。
 選手を育成強化する場はクラブである。選手は、日常、所属しているクラブで練習し、試合をしている。クラブでいちばん長いサッカー生活を送っているのだからクラブで伸びていかなければ大きくは育たない。
 代表監督は、クラブで育った選手のなかから試合ごとに、あるいは大会ごとに人材を集めてチームを編成する。その時点で、もっとも必要な選手を選んでチームをまとめて戦うわけである。
 これに対して、これまで日本で主流だったのは「隼中強化、固定編成方式」だったと思う。
 代表候補選手を長期間にわたって中央に集め、キャンプをはって、監督の方針に沿って訓練する。そのうえで、できるだけ固定したメンバーで「単一チーム」のようにまとめあげる。これが、従来の日本流の強化策である。
 これは極端な言い方である。しかし、大筋としては、二つの異なった考え方があると思っていい。

W杯アジア予選日程
 二つのやり方には、一長一短があるだろう。しかし、これまでになかった方法を取り入れてみるのは、長い目で見れば日本のサッカーの進歩に役立つのではないか。窓を開けて外の風を入れよう。異文化に接して自分の幅を広げよう。これは、長年にわたって、ぼくが主張し続けてきたことである。だから、ジーコの新方式に、もう少しチャンスを与えたいと思うわけである。
 代表チームの分散強化、臨時編成方式では、国内の年間スケジュールを維持しながら、代表チームの試合を隙間をぬって組み込んでいくことになる。
 ところで、次のワールドカップのアジア予選は、来年(2004年)から2年がかりで行なわれるという案が報道されている。
 国際サッカー連盟(FIFA)が設定している「国際Aマッチデー」に一つずつ試合をしていこうというアジア・サッカー連盟(AFC)の提案である。「国際Aマッチデー」は、ほぼ月に1回、各国の国内日程の隙間をこじ開けるように設定される。そうなれば、日本代表チームが長期の合宿をしたあと、集中的に開催される試合に臨むことは、むずかしい。
 というわけで、いやおうなしに、ジーコの分散強化、臨時編成で戦うほかはないかもしれない。
 日本代表チームは、普段着のままで試合をすることを考えなければならない。試合のために特別のフロックコートに身を固めるのは不経済であるということになる。


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