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サッカーマガジン 2003年7月1日号
ビバ!サッカー

ジーコ監督の精神論を考える
アルゼンチン戦の結果から 

 コンフェデレーションズカップへ出発する前に、日本代表チームはアルゼンチンに1−4で敗れた。そのあとの記者会見でジーコ監督は敗因について「選手たちの気持ちの問題だ」と述べた。ブラジル人の監督が精神論を述べるのはなぜだろうか、と考えてみた。

気持ちの問題だ!
 フランスで開かれるコンフェデレーションズカップヘの出発を前にして、ジーコ監督の率いる日本代表チームは、キリンカップの2試合を戦った。
 6月8日・大阪長居スタジアムの対アルゼンチン代表と、6月11日・埼玉スタジアムの対パラグアイ代表である。どちらも南米の強豪チームだ。
 大阪でのアルゼンチンとの試合は、1−4の大差だった。ジーコ監督の記者会見を聞いたあと、スタジアムから地下鉄の長居の駅に向かう公園内の道路には、まだ、おおぜいのサポーターが残っていた。その人たちが「ぼろ負けじゃん」というのを、なんども聞いた。
 日本の選手たちの技術と戦術能力では、まったく歯が立ちそうになかったほどの実力差ではなかった。サッカーでは、展開によっては、これくらいの点差は珍しくはない。
 それに、ぼくは半世紀近くも日本代表チームを見続けてきているのでつい「昔はもっとひどい大差の試合もあった」と思ってしまう。しかし「ぼろ負けじゃん」ということばを聞いて「たとえジーコ監督のチームづくりの過程の試合であっても、あまり負けるのはよくないな」と思った。ファンは、どのような試合にも熱意をこめて勝利を求めている。負けがつづくと熱意が冷めてしまう心配がある。
 ジーコ監督は、試合後の記者会見で日本の敗因を聞かれると「気持ちの問題だ」と答えた。選手たちに、積極的にプレーしようという気持ちが乏しかったということだろう。

井原正巳の世界
 ジーコ監督が「気持ちの問題だ」と精神論をぶつのを聞いて「なるほど、これか」と納得した。というのは井原正巳さんが「ブラジル人の監督に共通したのは闘志や魂などの精神論」と書いていたのを思い出したからである。
 朝日新聞に連載していた「井原正巳の世界」のなかに、この指摘があった。4月30日付けの紙面に載った監督論(上)である。
 日産の監督だったオスカーは「よく走れて、精神的にタフな選手を好んだ」という。日本代表の監督をしたファルカンも、ジーコと同じで個人能力を重視しながら精神面を強調したらしい。「技術など日本人への歯がゆさが背景にあるのか」と井原さんは書いている。
 ぼくは次のように考えた。
 ブラジルでは、すぐれたテクニックと個性のある戦術能力を備えた選手がチームに集められる。個人の能力を向上させようと監督が指導することはない。能力をフィールド上で、ちゃんと発揮させることが重要である。だから「やる気」を求める。
 もう一つ、南米の人たちは、よく「コラソン」という言葉を使う。心臓あるいは心、魂の意味らしい。コラソンのニュアンスは、ぼくの理解するところでは、単なる闘志や根性ではない。リーダーシップやインテリジェンスを含んでいる。日本の高校の指導者がよく「ハートのある選手だ」というのに似ている。
 というわけで、ジーコの精神論を、単純な根性論だと受け取るのは間違いかもしれない。

チームづくりの過程
 アルゼンチンに1−4で負けたのは、個人の能力の違いから見れば順当な結果である。「ラプラタ川でうぶ湯につかったときからボールを蹴っている」連中との間には、まだそれくらいの差はある。
 タイトルマッチであれば、その差を埋めるために、あらゆる手段を講じなければならない。守りをコンパクトにし、厳しく、強いプレスをかけ続け、相手の良さを殺して1点勝負に持ち込まなければならない。それをやるには、体力、気力ともにその試合にピークを持っていかなければならない。そうなって、はじめて闘志や根性がものを言う。
 しかし、6月8日のアルゼンチン戦は親善試合だった。選手たちはシーズンを終わって集められたばかりで体調十分ではない。ジーコ監督にとっては、一つにはコンフェデレーションズカップヘ向けて短期のチームづくりの過程であり、もう一つには、ワールドカップ予選へ向けての長期のチームづくりの過程である。ここで勝負をかけた試合を要求するのは無理である。
 そうではあっでも、それなりにベストを尽くして戦う気持ちを、表に出してほしい、というのがジーコの精神論の趣旨だろう。
 3日後に東京で行なわれたパラグアイとの試合では、日本は積極的に動いて0−0で引き分けた。
 しかし、こちらの状態も相手の状態も違うし、戦い方のタイプも違う。同じように比較して論じることはできない。ぼくはアルゼンチン戦が、ひどい「ぼろ負け」だったとは思わない。


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