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サッカーマガジン 2003年6月3日号
ビバ!サッカー

「井原正巳の世界」へ異議あリ 
メディアでの発言にTPOを

 朝日新聞連載の「井原正巳の世界」というコラムに、DFが相手の突進を反則で止めるプレーを肯定する意見が載った。これが波紋を呼んだらしい。井原さんの指摘が間違っているというつもりはないのだが、子どもたちも読む一般紙のスポーツ面に書くときには配慮が必要である。

反則阻止は是か非か
 話題になったのは、4月22日付け朝日新聞朝刊のスポーツ面に掲載された「井原正巳の世界」という囲み記事である。「反則で阻止、必要な技術」と見出しがついている。
 相手に抜かれそうになったとき、反則で止める場面はときどきある。警告を受けるおそれはあるが、みすみす抜かれて1点を献上するよりは反則してでも止めたほうがいいという意見のように読める。少なくとも反則で止める技術は身につけておくべきだという考えである。
 これに対して反論の投書が朝日新聞に来たらしい。それで、5月13日付けの紙面で「反響編」として特集していた。ヌエ的な日本の新聞のことだから、朝日新聞がどちらを支持するかは書いてない。いろいろな意見を並べ「読者の皆様でご判断を」という書き方である。
 ぼくの考えは、あとで述べることにして、まずは、井原さんが、こういう問題を朝日新聞にあからさまに書いたことを批判したい。守りの反則があるのは現実であり、トップクラスのプレーヤーも意図的に反則をすることがあるのは事実である。それを隠せというつもりはないが、子どもたちも読む一般紙のスポーツ面で肯定的に書くことはない。
 なぜなら「反則で止める」のは、サッカーというゲームの精神からみて「悪いこと」である。
 井原正巳のような、あこがれのスターが肯定すると子どもたちは「いいこと」だと思って真似をしたがるだろう。だから井原正巳が朝日新聞に、こういうことを書くのはよろしくない。

ゲームの精神
 「反則で止めるのは悪くないんだ。スポーツの目的は勝つことなんだから、勝つためには反則をしてもいいんだ。フリーキックと警告あるいは退場という代償を払えばルールの範囲内だ」という意見もあるだろう。
 そういうご意見の方にはおうかがいしたい。
 「あなたは、子どもたちに反則を奨励したいと思いますか?」
 子どもたちにやってほしくないことを、公器である新聞の紙面を使って奨励しないでほしい。
 事実を報道するのがマスコミの仕事ではあるが、事実であれば、いつでも、どこでも発表していいというものではない。社会的影響に思いをめぐらせ、時と場所と場合を、つまりTPOをわきまえて報道しなければならない。署名入りで意見を発表するときも同様である。
 さて、ぼくの考えでは、反則で止めるのは「悪いこと」である。 なぜならば、楽しく、安全にプレーができるようにルールが定められているからである。これはサッカーの「ゲームの精神」である。
 ルール違反の規定とそれに対する罰則が定められているのは、反則を許容するためではなく「ゲームの精神」を守ってもらうためである。
 「ゲームの精神」などというと古くさいと思われるかも知れない。たしかに古い。サッカーの母国イングランドでルールを定めた当初からある考え方である。古いが、この考えがもとになっていたからこそ、サッカーは「世界のスポーツ」になったのだと、ぼくは信じている。

プロフェッショナリズム
 「子どもたちはともかく、プロは別だ。どんな手段を使ってでも、失点を防ぐのがプロフェッショナルな行為だろ」という意見もある。これは朝日新聞にも紹介されていた。
 こういうたぐいの意見を聞くと、40年以上前、駆け出しのスポーツ記者だったころに、当時のFIFA(国際サッカー連盟)会長だったサー・スタンリー・ルーズのお話をうかがったことを思い出す。ルーズ会長はイングランドの審判員出身だった。
 ルーズ会長は、この問題について話してくれたときに「ゲームスマンシップ」ということばを使った。「ゲームスマンシップってなんですか」と聞き返すと「スポーツマンシップの反対だ」という答えだった。「ああ、プロフェッショナル・ファウルですね」と思わず口走ったら、こうたしなめられた。
 「プロフェッショナル・ファウルという表現は不適切だね。プロフェッショナルであれば、やってはいけないことなのだから」
 のちにブラジルのペレから聞いたことばも思い出す。
 「アマチュアは何をやっても、許してもらえるが、プロフェッショナルは自分勝手なことはできない。それがプロとアマの違いだ」
 「1パーセントのプロは世界の99パーセントのアマチュアのために」というのが、プロアマ共存のサッカーの哲学である。
 われわれサッカー・ジャーナリストもプロフェッショナルとして、サッカーを楽しんでいる子どもたちのために、言動を慎みたいと思う。


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