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サッカーマガジン 2003年1月1日号
ビバ!サッカー

サッカー大賞には中津江村!
W杯の盛り上がりを象徴した 

 ジャジャーン! 鳴り物入りで「日本サッカー大賞」を選考するときがやってきた。2002年、日本のサッカー最大の出来事だったワールドカップを象徴したものに大賞を贈りたい。というわけでビバ!サッカーが独断と偏見で表彰するのは、あの大分県の中津江村である。 

暖かい心で支える
 「日本サッカー大賞」は、このビバ!サッカーのページが勝手に選ぶ権威ある表彰である。例年のように選考の基準は独断と偏見であり、賞状も賞金もなく、ただ誌面にその名を留めるのみである。 しかし、これまでの過去の受賞者を振り返って見れば、この表彰が日本のサッカーの歴史を正しく刻んでいることを知ることができるはずである。 
 この表彰では、優勝チームやMVPに選ばれた選手などは、原則としては対象にしない。冠のうえに冠をかぶせても、ずり落ちるだけだからである。 
 功績があるのに冠を得ていないものを顕彰し、あるいは冠をもらっていても、その本当の値打ちが知られていないものにスポットをあてることを狙いとしている。 
 というわけで――
 ジャジャーン!
 「2002年の日本サッカー大賞は、かの大分県中津江村に決定いたしまーす」 
 ワールドカップのとき、中津江村はカメルーンのキャンプ地だった。山のなかの小さな村が世界の脚光を浴びる大会の有力な一翼を担ったチャレンジ精神に注目したい。 
 キャンプをするカメルーンのチームは自分勝手な理由で到着が5日間も遅れた。それでも中津江村は、辛抱強く待って暖かく歓迎し、大会が始まると村をあげて応援した。 
 世界的イベントに対する関心と日本人らしい暖かい心とスポーツヘの理解に拍手を送り、ここに、これを表彰する。

殊勲賞は磐田フロント 
 「中津江村に大賞を」という案はかなり前から暖めていたのだが、12月になって具合の悪いニュースが入ってきた。というのは、この1年の世相や話題を反映した「日本新語・流行語大賞」に「W杯(中津江村)」が選ばれて冠が二つになってしまったからである。流行語大賞のほうも、中津江村でワールドカップを代表させようという同じようなアイデアである。 
 しかしながら、ビバ!サッカーは融通自在である。流行語大賞のほうは「ワールドカップ」が主だが、こちらは「中津江村」が主であると理屈を付けて、方針を変えないこととした。 
 大賞とともに大相撲にならった三賞を選考するのも恒例である。
 今回は殊動賞を、ジュビロ磐田のフロントに差し上げることにした。ジュビロ磐田のチームがJリーグで完全優勝したことが理由ではない。磐田のサッカーを粘り強く強化してきたフロントの努力を、この機会に顕彰しようと思ったからである。 
 数年前に、あるスポーツ科学の学会でジュビロ磐田と協力して行なった研究の報告があった。それを聞いて「うむ、磐田は、いろいろな努力をしているな」と推察した。 
 ジュビロ磐田の前身はヤマハ発動機である。前年の6月に退いた荒田忠典社長は、ヤマハから来られた方だと聞いている。ヤマハのような企業の良さが、地域のサッカークラブづくりに生かされていたのだとおもしろい。そういうことも含めての殊勲賞である。

技能は鹿嶋、敢闘は新潟
 技能賞は茨城県鹿嶋市のサッカー関係者に授与する。首都圏から離れた町でアントラーズを育て、ワールドカップの会場になり、以前にもこのページで書いたがワールドカップを大衆が楽しめるように運営した。その知恵に技能賞である。
 敢闘賞はアルビレックス新潟である。サッカーが、あまり盛んでなかった地方でクラブを育て、あと一歩でJリーグ昇格というところに、こぎ着けている。ワールドカップ競技場のビッグスワンに、毎試合のように3万以上の大観衆を集めているのは、いろいろ苦労はしているのだろうが立派である。
 というわけで、今回の表彰は地方の町と村の特集にした。こういう勝手ができるのも独断専行のビバ!サッカーだからこそである。
 先に紹介したビバ!サッカーの仲間で作った「6月の熱い日々、サポーターズアイ」(中央公論事業出版社)という本は、すでに一部の本屋に並んでいる。そこで次の本企画を進めているのだが、ビバ本第3号は10年の歴史を刻んだJリーグをテーマにしようと相談している。そのためには、全国各地に散在している、あるいは生まれようとしている地域密着型のクラブを調べなくてはならない。
 しかし、わが「ビバ!サッカー研究会」のメンバーは、だいたいが首都圏在住なので、地域の実情にはうとい。それで地方の読者から協力者を募ろうかと考えている。
 そういうことも視野に入れて、この表彰でも、まずは地方を「よいしょ」したわけである。


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