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サッカーマガジン 2002年12月25日号
ビバ!サッカー

トヨタカップ、テレビ観戦記
歴史に残るロナウドのゴール

 今回もトヨタカップは、すばらしい試合だった。世界のスターをそろえた欧州のレアル・マドリードに南米パラグアイのオリンピアがよく対抗して、12月3日夜、横浜国際競技場の大観衆を酔わせた。ロナウドの1点目のゴールをはじめ、すばらしいプレーがいっぱいだった。

世界のスターがからんで
 必ず横浜に行こうと準備していたのだが、急に別の仕事が入って、今回のトヨタカップもテレビで見るはめになった。
 関西に住んでいると、重要なイベントがほとんど首都圏で行なわれるのは腹立たしい。現場の雰囲気を味わえないのは残念である。しかし、テレビのサッカーの良さもあるんだと、自分で自分を納得させてブラウン管の前に腰を据えた。
 前半14分にレアル・マドリードが先取点。ジダン、ロベルト・カルロス、ラウルのスルー、ロナウドのシュートと世界のスターが見事にからんでのゴールだった。
 ゴールシーンを何度も繰り返して見られるのは、テレビの利点であるロナウドのシュート場面を、いろいろな角度から繰り返して見ながら考えた。
 左からのパスを受けると、ロナウドは、すばやく、しかし落ち着いてボールをコントロールし、タックルに飛び込んでくるディフェンダーをかわしてシュートした。
 このときロナウドの目は、何を見ていたのだろうか? 直接視野でボールを見、間接視野で飛び込んでくるディフェンダーを見、さらにゴールを見ていたのだろうか?
 相手のディフェンダーが捨て身で飛び込んだのはなぜだろうか? カバーしてくれる味方が背後にはいなかったのだから、飛び込まずにロナウドの前面を押さえて攻めを遅らせるべきだったのではないか? いや、そんなことをしたら、間違いなくロナウドの個人技にかわされてしまうという判断だったのだろうか?

第2音声で聴く
 最初は、ふつうにテレビを見ていたのだが試合が始まって間もなく、第2音声に切り替えた。ふつうの音声はもちろん日本語だが、ゲストの明石家さんまのはしゃぎようが、ちょっとうるさい。さんまはサッカーをよく知っているし、解説の奥寺康彦も好きだが、高いレベルのサッカーを自分自身で味わいたいと思って切り替えたのである。
 第2音声にはスペイン語のアナウンスが入っている。スペイン語は分からないから雑念がわかなくていい。それに外国のアナウンサーはプレーごとにボールを扱っている選手の名前をつぎつぎに言ってくれる。選手の名前ぐらいはスペイン語でも聞き分けられる。
 ハーフタイムに放送席でアナウンサーが日本代表チーム監督のジーコに感想を聞いていた。これは日本語のチャンネルだったが、耳がスペイン語に慣れていたものだから、日本語よりもポルトガル語のほうに注意が集中した。
 日本語のアナウンサーが「ジーコさんはトヨタカップに特別な思い出があるでしょう」というような質問をした。通訳がこれをポルトガル語で「インターコンチネンタル・カップには…」と訳した。
これに対して、ジーコはポルトガル語で「トヨタカップでは…」と答えていた。
 「ほほう」と思った。ジーコにとっては、この試合はインターコンチネンタル・カップとしてよりも、トヨタカップとして心に刻まれているのだろう。

記憶に残る名場面
 「インターコンチネンタル・カップ」は、この試合の本来の名称である。欧州大陸と南米大陸のクラブ・チャンピオンによる世界一決定戦という意味である。そのころ欧州のマスコミでは非公式ではあるが「世界クラブ選手権試合」という呼び方もされていた。
 この試合を日本でやることになった初期のころ、これを推進した広告企業と、中継するテレビ局は、できるだけスポンサーの名前のついた「トヨタカップ」の名称で呼んでもらいたいと考えた。
 そこで南米からチームについてくるアナウンサーの声をテレビの第2音声に入れることとして謝礼を出し、そのときに試合を「トヨタカップ」の名前で呼んでくれるように頼んだ。それが今日まで続いているのだと思う。
 そういう昔話を思い出したものだから、ジーコが「トヨタカップ」と言ったときに、ああいう努力もムダではなかったんだな、と思ったわけである。
 今回はトヨタカップとしては23回目になる。その間に数多くの名場面があった。ジーコのプレーもあったし、プラティニのプレーもあった。今回のロナウドのゴールも「トヨタカップの名ゴール」の一つとして記憶に刻まれるだろうと思った。
 後半39分の2点目、グティのヘディングもみごとだった。レアルのプレーヤーの緩急自在のプレーぶりにも感心した。パラグアイのオリンピアの世界のスター軍団に対抗した敢闘ぶりも迫力があった。テレビでも感動がいっぱいだった。


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