日韓共催のワールドカップの一つの特徴は、テレビ中継が様変わりしたことである。映像を制作したのは日本のテレビ局でも､韓国のテレビ局でもなかった｡放映の方法は日本と韓国ではまったく違った｡スポーツの国際大会のテレビ中継は新しい時代を迎えている。
欧州のＨＢＳが制作
前週は日本対ジャマイカの試合を取り上げたため「ワールドカップ総括」を１回中断したが、もう少し書き留めておきたいことがあるので再開することにする。
2002年ワールドカップを、これまでにない多くの人がテレビで見た。その人たちのほとんどが「おもしろかった、楽しめた」という。もちろん、ワールドカップの試合そのものに迫力があったのだろうが、テレビ中継の技術もよかったのではないかと思う。
今回のワールドカップでは、これまでサッカーをあまり見たことがない人たちもテレビのチャンネルをまわした。そして画面に引き込まれた。視聴率の高さが、それを示している。これは、これまでの日本のサッカー中継では、あまりなかったことである。
一方、根っからのサッカーファンも、今回は入場券を手に入れるのが難しかったので、テレビで見たケースが多かった。そういう人たちはサッカーのテレビ中継について、もともと意見を持っているが「これまでの日本の中継とは違うね」と言っていた。
今回のテレビ中継の映像を制作したのは、日本のテレビ局でも韓国のテレビ局でもない。フランスに本社を置くＨＢＳという会社である。この会社が、フランス、英国、スペインなど主として欧州からディレクターやカメラマンを集めて日本に乗り込んだ。日本と韓国のテレビ局はその映像をもらって、アナウンサーや解説者のコメントをつけ、電波で流しただけである。
制作のグローバル化
ワールドカップの日本開催が決まったとき、そして、このイベントが国家的なものであることを知ったときに、日本の関係者の多くは「テレビ中継は主としてＮＨＫが担当するだろう」と考えたかもしれない。しかし、そうはならなかった。
2002年ワールドカップの放映権は、スイスに本社を置く広告・イベント会社のＩＳＬとドイツのテレビ会社のキルヒが組んで作った会社が獲得した。米国を除く全世界の権利で、約1400億円の放映権料だった。
ワールドカップをテレビ中継するには、この会社から放映権を買わなければならない。
日本ではＮＨＫと民放主要局が組んでジャパン・コンソーシアムという組織を作り、そこで中継権を買うつもりだったが、250億円といわれる高値をふっかけられて交渉が難航した。そのとき、ＮＨＫの首脳が「開幕前夜まで粘って交渉すればいい。どうせ、うちに頼んでこなければ映像はできないんだから…」という意味の話をしたという。つまりＮＨＫのような地元の大組織の技術と機材とスタッフがなければ、大きな国際大会の中継は不可能だと考えていたわけである。
そのとき、テレビ局のあるスタッフは「時代が変わっていることがお偉方には分かっていない」と嘆いていた。外国の会社でも機材とスタッフを持ち込んで映像制作を引き受けることができる。そういう会社がいくらでもある、という話だった。
迫力のある映像
この話は現実になった。キルヒとＩＳＬが出資して1999年にＨＢＳができた。ＨＢＳはホスト・ブロードキャスト・サービスの頭文字である。キルヒとＩＳＬは大会を前に倒産したがＨＢＳは存続した。
ＨＢＳは英国、フランス、ドイツからサッカー中継の得意な７人のディレクターを選んで契約した。カメラマンも欧州各国から選抜した。みなワールドカップや欧州チャンピオンズ・リーグなどの中継を手がけてきた腕っこきである。総勢600人が欧州から乗り込み、日本と韓国でも人員を集めた。
映像の出来栄えはどうだったか。
ワールドカップのさいちゅうに日本の民放テレビ局のディレクターとばったり会ったのできいてみた。
「くやしいけど、彼らの腕のほうが上だね。ディレクターもカメラマンもサッカーをどう見せるかを知り尽くしている。さすがだよ」
たとえばこうである。
フランス代表のジダンがドリブルする。それをアップで追い掛ける。ジダンがパスを出す。日本のディレクターなら、すばやく次の場面に切りかえる。ところが欧州のディレクターは、そこで、ほんの0.5秒くらい、切りかえを遅らせてジダンを追い続ける。その0.5秒でサッカーのおもしろさとジダンのすばらしさが表現される。
専門的な説明は、ぼくには十分には理解できなかったので、正確には放送関係者のレポートを見ていただきたいが、映像がすばらしかったのは、確かなようである。これもワールドカップの収穫の一つだった。
|
