ワールドカップで使った巨大スタジアムは今後、その地域のスポーツ振興の拠点として活用しなければならない。これは日本のスポーツ全体にとって重要な課題である。しかしワールドカップの施設を生かして日本のスポーツを改革しようという動きは、まだまだ理解を得ていない。
新潟のマスコミ学会
ワールドカップが終わった直後の7月上旬に新潟市で日本マスコミュニケーション学会の総会と研究会があった。この学会では、前日に「サテライト・ミーティング」と称するイベントを行なうのが恒例である。
新潟のサテライト・ミーティングでは三つの場所を見学した。
最初はJRの新潟駅構内にあるインターネットを利用できる情報センターである。ここはワールドカップのときに外国から来た報道陣やサポーターが多数、利用したとのことである。
次に訪れたのは、ワールドカップの会場になったスタジアムのビッグスワンだった。この企画にワールドカップ関連の施設が二つも入っていたことに、ぼくはおおいに満足した。
最後に訪れたのは近くの町の「地ビール」園で、ここでは、いろいろな味わいのビールを試飲して、もちろん、おおいに満足した。ワールドカップのときに新潟に来たおおぜいのアイルランドとイングランドのサポーターは、ここを訪れたのだろうか?
コンビニで缶ビールを買いあさっていた彼らに「日本でも、こんなに個性のあるビールを作っているんだよ」と教えてやれば良かったと思った。
それは良かったのだが、かんじんのビッグスワンでの説明には失望した。というより怒りを覚えた。というのは、説明役の職員が「これは、もともと陸上競技場です」としきりに強調して、地域のスポーツの中心として、どのように活用するかの具体的な説明をしようとしなかったにからである。
これは陸上用です!
「このスタジアムは、もともと陸上競技用に設計されていたのですが、ワールドカップの試合を新潟で行なうことになったので設計を一部変更しました」というのが、県庁の若い女子職員の説明だった。
これは事実と違っている。ワールドカップの試合を新潟に招致することが決まったとき、このあたりは、まったくの更地だった。スポーツセンターを作る基本構想はできていたが、競技場の設計は、その後に公募して決まったものである。ぼくは、そのころ新潟県知事の諮問機関であるスポーツ振興審議会の委員をしていたから、よく知っている。それだけでなく、競技場の設計を公募するときに県庁の建築の専門家に意見を述べる機会を与えてもらっている。というわけで、事情には詳しいのである。
ビッグスワンで説明役をした若い女子職員を責めるつもりではない。見学の大学の研究者のなかに事情通のジャーナリストが、まぎれこんでいるとは思いもしなかったろう。説明は上司に教えられた内容を話しただけだろう。説明役本人には、まったく罪はない。
「だけど、だからこそ問題だ」とぼくは思った。
というのは、これは単なる事実誤認ではなく、このスタジアムを陸上競技のために優先的に利用させたいという一部の関係者の思惑が隠されているかもしれないからである。新潟のスポーツの次の目標は国民体育大会の開催で、そのときビッグスワンは陸上競技が使用するからである。
クラブへの無理解
「今後、このスタジアムを、どのように利用するのですか」という質問が出たときに、疑惑はぼくの胸のなかで、ますます濃く拡がった。
「平成21年(2009年)に開かれる国民体育大会の開会式と陸上競技の会場になる予定です。そのほか国際大会などの会場になります」というのが説明だった。サッカーの試合に使うとは、言おうとしない。
こちらから「サッカーの試合にも使うのでしょう?」と水を向けて、はじめて「サッカーやラグビーにも使えます」と補足する始末である。
たまりかねて、ぼくが直接、見学の先生方に説明した。
「アルビレックス新潟というクラブチームがあって、Jリーグをめざして、いまJ2で上位争いをしているんです。
昨年以来、このチームの試合を見に、毎試合3万人以上の市民がスタジアムに来ているんです。アルビレックス新潟にはバスケットボールのチームもあって日本リーグで活躍しています。プロもアマチュアも含んだ総合型の地域のクラブチームが、このスポーツ施設を拠点にして、新潟県のスポーツ振興と向上の中核になる可能性もあるんです」
こういう考え方は、おそらく旧来型のスポーツ関係者には受け入れられないのだろう。説明役の若い女性を指導した上司は、そういう人だったのではないかと、ぼくは邪推した。
すばらしいスタジアムを作り、新しいクラブ作りに努力している新潟にさえ、こういう人たちがいる。日本のスポーツの体質改善への道はけわしいと警告したい。
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